第3話
これはマズイことになった。
エリちゃんと一緒にスカイダイビングをしてから、うちはエリちゃんの心の声がたまに聞こえてしまう。
あの完璧超人の考えなんて、理解できない……そう思っていたのに。
「エリー、今日、調子悪い?」
休憩時間に入り、パラパラと人が散る。その中で春田がエリちゃんにすり寄った。
相変わらず、エリちゃんだけ扱いが違う。
聞かれたエリちゃんは、ワンテンポ遅れて首を傾げた。
「んー、少し寝不足かもね。でも大丈夫」
『コンビニでぷよかわのオマケ売り切れてた』
ぷよかわって。
本音と建前の乖離が凄い。
聞こえてきた単語に水が変なところに入った。
「んぐっ」
吹き出さないように我慢する。
ぷよかわは丸い水羊羹みたいなキャラクターで、小さい子にファンが多い。
キラキラ代表みたいなエリちゃんとは丸きり反対に属するキャラクターだ。
「瀬名っち、どうした?」
「いや、これ、集めてて」
吹き出したうちにゆうなが首を傾げる。
慌ててペットボトルについていたぷよかわのオマケを掲げた。
本当にたまたま持っていただけ。
これがエリちゃんの好きなものかとじっと見ていたら勘違いされた。
「瀬名っち、それも好きなの?」
「オタクの幅広すぎじゃない?」
「あげるよー」
先輩も後輩も関係なく集まってくる。
この間のスカイダイビングから話しかけられることが増えた。
皆、ぷよかわ好きなのか。
人気が落ち着くころには、おそらく全種類が集まっていた。
「あ、ありがと」
なぜこうなったのか、わからない。
けれど、持ってきてくれるものを断るほど鬼でもない。というより度胸がない。
ひたすら受け取っていたら、春田から厳しい視線が降り注いでいた。
「やば、春ちゃんが見てる」
「逃げろー」
皆も気づいたらしく一目散に捌けていく。
残されたうちは、へらりと愛想笑いを浮かべぷよかわを鞄に突っ込む。
ぷよかわに興味はないが、せっかく貰ったのだから後からエリちゃんに渡せばいいだろう。
と、春田の隣にいるエリちゃんと視線がぶつかった。
『瀬名もあれ好きなんだ、いいなぁ』
伝わってきたのはそれだけ。
相変わず、表面には微塵も出ない。静かな視線だ。
今だって声が聞こえていなければ、騒いでいて不興を買ったのかと思っていた。
「可愛すぎか」
ぼそりと呟く。
うちが見つめる先で、エリちゃんはすでにスマホでダンス動画の確認に入っていた。
「瀬名っち、なんか言った?」
「ぷよかわ、可愛いなぁって」
「なにそれー!」
ゆうなの笑い声に合わせるようにして肩を竦めた。
完璧超人のアイドルさまは、どうやら中身がとても可愛いというか、意外と子供のようなのだ。
他の日だって。
「小田切、ちょっと残って」
「はい!」
一人だけスタッフに声をかけられるエリちゃん。
細かいところの打ち合わせだろう。
額に滲む汗くらい拭かせてあげればいいのに。
そう思っても言うこともできないうちは、ただ戻るだけ。
『ドリンク買いたかったけど、仕方ないか』
その声に足を止めた。
レッスン場を出て、休憩に浮かれているゆうなに声をかける。
「ゆうなー、ちょっと自販機行こ」
「いいよ、何のオマケ欲しいの?」
くるりと回って小走りにこちらに駆け寄ってくる。
ニヤニヤした視線で、ゆうなはそんなことを聞いてきた。
いや、オマケ目当てじゃないし。コレクター気質も、そんなにないはず。
というか。
「自販機にオマケないから」
そう苦笑しながら足を進める。
レッスン場から楽屋と反対方向へまっすぐ歩くと、自販機が置いてある場所につく。
人数が多い分、種類も豊富。
さて、エリちゃんの分は、と考えて指が止まった。
「買わないの?」
不思議そうに顔を覗き込まれる。
買わないんじゃない、買えないのだ。
うちは汗で指通りの悪い髪をかき上げた。
「何も知らんなぁ」
「何が?」
ゆうなのことならわかる。
好きな飲み物は甘い系。いちごカルピスだのレッスン後に自分なら飲めないものをよく買っている。
「いや、同期のわりに、春田とかエリちゃんの好きな飲み物も知らないって思ってさ」
「あー、一緒に買わないからね」
ゆうなは予想通り新発売のカルピスソーダを買っていた。
あっちは推されているトップアイドル。こっちは端ばかりの端役アイドル。
同期といえど行動さえ被らない。
「この間のスカイダイビングでも、うちはひたすら怖がってるしかできなくて」
「見た見た! めっちゃ映ってて羨ましかったわ」
うちは深くため息をついた。
ゆうなは興奮した様子だけど、撮られている本人にその意識はない。だって、怖がってただけだから。
エリちゃんにはアイドルとして撮られている自覚があるのかもしれないけど。
うちは自販機に手を当てた。
「手握ってもらったから、お礼にドリンク買ってこうかなって思ったんだけと」
「何買えばいいか、分からなかったと」
「そういうこと」
こくりと頷く。
ゆうなは少しだけ唇を尖らせると、一緒に頭を捻ってくれた。
ふたり揃って同期の好みを知らないとは。
そして結局出た選択は、二人とも同じだった。
「とりあえず、スポドリが無難」
「やっぱり?」
まぁ、そうなるよね。
自販機で某有名なスポドリを購入して楽屋に戻る。
まだ、エリちゃんは帰ってきていなかったので、こっそりメモと一緒に置いておく。
「あれ?」
休憩終わり間際にエリちゃんは戻ってきた。
一目散に鞄寄る。中を見て気づいたらしい。
冷や汗なのか、緊張なのか、うちの動悸が早くなり、勝手に耳がそっちを向く。
「エリー、どうしたの?」
「ううん、何でもない」
ここまでは予想通りの反応。
アイドルをしているとき以外、エリちゃんは反応が薄い。
問題はこの次だ。
『瀬名からか。この間のお礼って……私も怖がって大したことできなかったけど』
スポドリを手に取りラベルを見つめるエリちゃんの心の声は予想外だった。
いやいや、エリちゃんはテレビ映りもばっちりでしたよ、と誰目線か分からない感想を抱く。
『でも、私、これ苦手なんだよね』
「マジかぁ」
頭を抱えて天井を見上げる。
思わず出た声にゆうなに不審者を見る目で見られた。
「ほんと、どした?」
「……ガチャ、外れた」
「どんまい」
ぽんと肩を叩かれる。
ガチャって。もう少しアイドルっぽい言い訳はなかったのだろうか。
自分の女子力の低さに二重で落ち込んだ。
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