第160話
アヴァリーの口調は感情をいっさい感じさせない。氷の雨のように降り注ぐ声は、ナノの身体から温度を奪う。
アヴァリーは革袋から絵画を取り出した。暗い青色で描かれた絵だ。後ろをひっくり返して、ふむ、と顎を撫でてすぐにしまった。
「いやです。ユーリはその絵を売るつもりはなかった。あなたに手渡せば売られてしまう!」
「売るつもりはない? それでは画家はなんのために絵を描くのですか。おかしなことを言う」
「売るか売らないかは、描いた本人が決める。ユーリは青の絵画を売りたくなかった。それなのに……」
「売らなければ価値が発生しないではないですか。価値のない絵など、存在する意味があるのでしょうか」
ナノが言い返そうとすると、ネモが飛び出そうとして柔らかい砂の上に足を取られる。ステラに支えられて立ち上がると牙を剥き、毛が逆立ち瞳孔も開いていた。
「おまえになにがわかる! あれはだれでもない、アイに向けた絵じゃ!」
「……獣人が。ふん、そっちの黒猫といい育ちの悪さが窺えるな」
ようやく見えた感情は侮蔑だった。獣人という理由だけで大切な人たちに対して冷たい目を向けられることに、ナノは我慢ならなかった。
アヴァリーの後ろから来た男たちがステラのそばに置いていた青の絵画を箱ごと持っていこうとする。ステラが取り返そうとすると、男はステラに思いきり殴りかかった。
「私はこの絵に価値を与えているのだから、感謝されていいくらいだ。やや傷みはあるが……構わん」
「……あなたはお金での価値しかわからないんだな」
ナノは低い声で言う。その声に反応してアヴァリーはぴくりと眉毛を動かした。
「なんだと……?」
「お金で値段がつくものしか、価値がわからない。かわいそうな人間だと言ったんだ!」
鋭い目を向けるアヴァリーに、ナノは必死に飛びかかった。絵を奪い返そうとするが、アヴァリーに胸ぐらをぐいと掴まれた。
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