第157話

 そのままイーズを引き寄せて、大きな背中に手を回すとイーズはナノの胸の中に崩れていく。


「……ナノ、僕はユーリになりたかった。きみに愛されているユーリに。でも僕はユーリになれないから、せめてナノにとって一番強い人であり続けたかった」

「……イーズは強いよ。十分、強い。だけど言っただろう。泣きたいときは、わたしの胸で泣いてって」


 ふたりはしばらくその体勢のままでいた。あるべきところに戻ったような心地で、波の音を聞いていた。


「ケルベロスってね、地獄の外に死者を逃さない、地獄の番犬だっていわれてるんだ。ナノにとって一番強い人であるために、僕を奮い立たせてくれるものを彫ってほしいってユーリとレオさんにお願いしたの。そして描いてくれたのがこの絵だった。けど、後で調べたら……ケルベロスって本当はとても臆病な生き物なんだって。ナノが好きなのに、叶うはずもないからってごまかして逃げようとする弱い僕を……きっとふたりは見透かしてたんだろうなって今は思う」 


 そう言ってイーズは頬を染め、かっこ悪いね、とつけ加えた。


「イーズはかっこ悪くない。ずっと気づかなくてごめん。わたしは……イーズが安心して泣ける場所でありたいと思う。わたしにとってイーズがそうだったように」

「そういうこと言われたら、また泣いちゃう。はあ、本当はもっとちゃんと気持ちを整理して伝えたかったのに……」


 イーズがすっと手を伸ばしてナノの頭を撫でる。その手が頬を伝って、離れようとしたのでナノはその手を掴んで頬に擦り寄せた。


 イーズはナノの左手をそっと持ち上げて顔を近づけると、その手の甲にそっと唇で触れた。一度目は少し震えて、二度目は確かめるように。そして三度目は誓うように。

 唇が離れるとイーズがはにかんだ。

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