第156話

「青の絵画、見れてよかったね」

「うん。青の絵画が『完成』されていなくてよかった」

「そうだね、僕もそう思った。ふふ、不完全でもいいんだって思えたの、初めてだった」


「ユーリは悔しがりそうだけど。でもいい。そうだ、イーズは青の絵画を一枚欲しいと言っていたな。これからネモさんやルークさんと話し合うことにはなるけれど、お気に入りのものを決めておいて」

「うん。でも無理にとは言わない。あの絵はいろんな人の想いがあるだろうし。ネモさんも、ユーリの弟さんも、レオさんも……ナノも。それに僕にはユーリが描いてくれたこれがあるから、もう十分な気もしてきた」


 イーズは自分の肩に手をかける。赤い目をしたケルベロスが頭に浮かんだ。優しいイーズの背中に彫られたあの禍々しい生き物。


「ケルベロス……?」

「そう」

「……ねえ、どうしてイーズはケルベロスを彫ったの?」


 なぜ、ユーリはあんなおどろおどろしい生き物をイーズへ描いたのだろう。そしてイーズもそれを受け入れた。

 タトゥーを入れたかったと、イーズは言っていたけれど、本当にそれだけなのか。今さらながらそんな疑問が浮かんで、落ちつかなかった。


「……イーズ、わたしはイーズのことを知らなすぎる気がする。いつも隣にいたのに、遠い人のように思うことがある。隣にいるのが当たり前だと思っていたのに、違う。それは……その、うまく言葉にできないけれど……わたしは、イーズのすべてを知りたい」

「ナノ……」

「わたしに教えて、イーズ」


 イーズは黙ったまま、わずかに口を開けていた。その口からイーズの心の内が漏れ出たらいいのにと願ってしまう。


 朝陽に照らされてイーズの瞳が潤んでいく。言葉の代わりに溢れたそれをひと粒たりとて逃したくなかった。両手を伸ばし、イーズの頬に触れた。親指を伝うものはきっとイーズのすべてはないかもしれないけれど、ナノが知ろうとしているものだと確信できた。

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