第152話

「イーズ、ステラ。この石をどかすんじゃ!」


 ネモが近くの壁あたりを指しながら、波の音をかき消すような声で言った。ナノははっと我に返り、ステラの服から手を離した。

 ステラはなにも言わずにナノの頭に手を乗せ、それからネモが指した壁に近寄る。


 イーズがネモを近くの岩に座らせる。ふたりはネモの指示どおり壁を工具で軽く崩してから石をどかす。ひとつ大きな石を引き抜くとまわりの石が崩れて散らばり、その奥には空洞があった。


 空洞の奥にぽつんと置かれた箱があった。

 空洞はナノの身体がぎりぎり通れるくらいの狭さだった。ほふく前進で箱に近づき、両腕で抱える。イーズに身体を引っぱってもらい、空洞から出た。


「この箱が……ネモさん?」


 ランタンの弱い光に照らされているせいか、ネモの顔はとても弱々しかった。ネモを気遣うように、ナノは開けてもいいかと尋ねた。ネモは目を細めて、頷いた。


 ゆっくりと箱の蓋を開けると、革の袋に包まれたものがいくつか入っていた。さほど大きくはなく、せいぜいナノの肩幅くらいだった。

 ナノは持っていた袋の中身を取り出す。袋の中にはキャンバスがひとつ入っていた。


「……これが、青の絵画」


 よくよく見ると、キャンバスの隅や裏の部分にかびが生えていたり、絵の一部が欠けたりはしていたけれど、キャンバスは思っていたほど劣化しておらず、絵画として認識できるくらいの形を保っている。


 様々な青色で描かれた抽象画だった。ナノが取り出した絵は深い青が何重にも重ねられ渦を巻いているものだった。ちょうど今いる場所のような色をしている。


 絵の中に人物や風景が描かれているわけでもない。それなのに、この絵を見ているとこの世のすべてに歯が立たないことへの畏怖や絶望が全身に走り、目の前が揺れる。


「思っていたよりきれいな状態で残ってしまったの。ユーリの思惑ははずれたか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る