第133話
「突然、ユーリ・シオンが来店したときはみんなびっくりじゃ。新進気鋭の若手画家、なんぞ言われておったし。じゃが、ワシはアイとユーリが付き合っとったほうがびっくりじゃったな。まあ、アイはうちの店に来るまでユーリが有名な画家だったことを知らんかったらしいが」
ナノの母親に対する記憶はおぼろげで、唯一母親を認識できるものといえば、ユーリがスケッチブックに描きためていた絵くらいだった。
それにあまりユーリはアイの話をしなかった。だからレオからユーリとアイの話を聞いて、驚いた部分もあった。
「アイが亡くなってからユーリはしばし絵が描けなくなってのう。言い寄ってくる女も無視じゃ。じゃが、三ヶ月くらいしてから突然また絵を描き始めた。青の絵画じゃったが……」
「なぜユーリは青の絵画を隠したんですか。やっぱりアヴァリーさんに売られたくないから?」
「それもあるじゃろうが……ユーリ自身が、青の絵画を手元に残しておきたくなかった。レオさんから聞いたと思うが、あれはアイを想って描いた絵じゃからな。アイがいなきゃ、完成しないともいえよう」
ナノがユーリを失ったときのように、ユーリも喪失感に打ちひしがれていた。 絵を再び描き始めたけれど、アイがいないと絵が完成させられないことに気づき、力尽きてしまったのだろうか。
「アイの死後に描かれた青の絵画は、絵画としては完成品じゃった。じゃが、手元に置いておくわけではなく、壊すのでもなく、ゆっくりと朽ちさせ……それでようやく完成なんじゃ」
ユーリの意図はさっぱり見当もつかない。アイを想って描いた絵を、自分の手元に置かず朽ちさせる。そもそも朽ちさせるとはどういうことなのか。疑問が一気に押し寄せて、言葉にできなかった。
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