第122話

「そうかよ。べつに止めやしねえが。ただ、俺たちは次の仕事に取りかかる。次の雇い主が決まってるからな」

「……そっすか。ふふ、安心しました」

「安心?」


 言い及んだが、ステラは小さく息を吸って、吐き出す。


「刺されそうになって、一瞬ゾロさんかなって思っちゃいました。まあ、ゾロさんは殺しはやらないのがモットーだから違うってわかってるのに、一瞬でも疑った。ごめんなさい!」


 ゾロはそっとステラに近づき、にやりとしながら手を伸ばす。


「ばーか」


 ステラの頭に大きな手が置かれる。


「殺したら食えなくなんだろ。少しずつ、ゆっくりと骨まで食いてえだろうが。俺は空腹にトラウマがあるのを知ってんだろ」

「ゾロさんはそういう人っすよね」


 ゾロは薄く眼を開き笑う。空になった煙草の箱をポケットにねじ込み、飲み干した後のボトルはサイドテーブルに立てた。


 コンコンとドアを叩く音がした。ステラが返事をすると、ナノの声が返ってきた。ステラはゾロに目配せをしたが、ゾロはにやりとしたままドアを開ける。


 見知らぬ男の登場にナノは面食らったようだった。ヒッ、と小さく声を上げて、長身のゾロを見上げている。

 ゾロはよそ行きの笑みを浮かべて、ひざまずくような姿勢になる。


「あ、あなたは……?」

「俺はステラの旧い友人でね。旅をしてるんだ。たまたまステラを見かけて、久しぶりに酒を飲んでたんだよ」


「そ、そうだったんですね……お取り込み中のところ、失礼しました」

「いいえ。そろそろ帰ろうかと思ってたから。それにしてもお嬢ちゃん。こんな夜分に男の部屋にひとりで来ちゃ危ねえよ。お腹が空いた獣はなにするか、わかんねえから」


 ステラを一瞥してから、ナノに対し紳士的に頭を下げて部屋を出る。ナノは浮かされたようにゾロを目で追っていた。


 薄暗い廊下でもわかるほど、ナノは目を見開き頬を染めている。

 ナノの頭にぽすっと手を置き、こっちを向けと言わんばかりに軽く引っ張ると、ナノははっとしてステラに向き直った。

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