第120話

「自分の思うように絵を売れないからって……殺しまでやらなくたって……」

「ま、どんなことをしても自分の目的を果たすって気力は尊敬するねえ。結局ユーリ自身が描けなくなったんだから、ざまあねえよな」


 煙草が半分くらい灰になっていた。ゾロは一度火を消し、煙草のかわりにワインをぐびっと飲む。口の端から垂れたワインを親指で乱暴に拭った。


「ユーリやユーリのまわりがどこまで知ってたのかは、わからんが、『不運』な火事で恋人亡くして、そのショックで絵が描けなくなって、恋人の子どもを引き取って育てた……ってことにしとくのがいいのかもしれねえな」


 ステラはなにも言い返せない。ナノが知ったら、ひどく傷ついてしまうだろう。

 ユーリはアヴァリーに絵を売られたくないあまり画家をやめたのだと、レオは話していた。それにナノも納得していたし、ステラには今の話を打ち明ける勇気もない。


 ゾロの言うとおり、ユーリさえその事実を知らないかもしれないのに。


「……でもよくそんな情報得られたっすね」

「当時、アヴァリーと手を組んでたやつにちょっと話を聞いただけさ。火事もそいつの仕業だとよ。ちなみにそいつ、口封じに毒盛られてクソ田舎でゾンビみたいに生きてる。あれが先の自分の姿だと思うと、ぞっとしたね。この仕事からは手を引こうって思ったよ」


 倒れ込むイーズの姿を思い出す。自分と重ねてぞくりとした。イーズが死ぬかもしれない恐怖と、自分が同じ目に遭っていたかもしれない恐怖。思い出しただけで息が詰まる。


「もっと早く知りたかったっす、それ。この前会ったときに教えてほしかった」

「悪い悪い。この話が聞けたのも、あの後だったからよ。これでも急いだんだぜ」


 ゾロは大げさに両腕を広げる。これ以上ゾロを責めたとて、痛くもかゆくもないのだろうと察して、ステラはぐっと押し黙る。それに、責めるのは今やることではない。

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