第110話

 見るたびに細くなっていくユーリは別人のようだった。ユーリが眠っている部屋に入るたびに濃くなる死の臭いに、息がしづらくなった。

 ナノはこの空気の中に毎日身を置いているのだと思うと、なぜナノがそんな目に遭わなくてはいけないのか、神さえも恨むほどだった。


「……よう、イーズ。おかえり」

「ただいま」

「茶も出せなくてすまねえな。今、ナノが留守にしてて……」

「ううん。お構いなく。なにかしてほしいことはない?」

「あー……便所。便所行きたい」


 イーズはユーリをひょいと背負う。こんなにも軽かったのだと驚きつつも、なにも気にしていないふうに振る舞った。

 ユーリをトイレに座らせて外に出る。終わったら声をかけてね、とドアを閉めた。しばらくしてから、イーズ、と弱々しい声がした。


「まさかイーズにおんぶされる日が来るとは」

「そうだね」

「ふふ、強くなっちまったなあ。今はもうひとりで泣いてねえのか」


「……懐かしいね。今はもう、毎日の訓練がきつくて、泣く暇があるなら寝ちゃいたいんだ。それに、ユーリが描いてくれたケルベロスがいるから、僕は強くあろうって思えるよ」

「はは……そっか。だけど無理はすんなよ」

「ユーリがそれ言う?」


 ユーリをベッドに寝せ、台所でお湯を沸かし、少し冷ましてユーリに運ぶ。ユーリはどうにか上半身を起こし、ベッドの縁に身体を預けた。背中のあたりを支えると、ユーリは力なく笑った。


「……ナノはひとりで泣くようになったんだ。最近は特に。この部屋ではなんもねえように振る舞ってる。あの泣き虫ナノがだぞ。それもそれで、さびしいよな。ユーリぃ〜ってさ、ここに飛び込んできてた、のに。まあ、今同じことやられたら、肋骨折れるかもだけど」


 ユーリはそっと胸に手を添えた。薄くなった胸が空気を取り入れようと大きく動いている。

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