第109話

 困惑するイーズをよそに、レオは自信たっぷりの笑みを見せる。ユーリに目配せすると、ユーリもレオと同じ顔をしていた。


「地獄の番犬といわれる、想像上の生き物だ。冥界から逃げ出そうとする魂を逃さないらしい。奮い立たせる、という意味ではしっくりくるのかなと思った」


 逃げ出そうとする魂を逃さない。これを身体に入れれば、弱い自分を律せる気がした。

 即決して、イーズの身体にケルベロスが彫られていく。目立ちにくい場所にしようと、背中に入れることにした。ちょうど服で隠れる場所だ。


 ほどよく筋肉がついたイーズの背中に、針を刺して絵を入れていくのはだいぶ苦しいものだった。痛みに耐えながら、声や涙が出そうになる。


「痛いだろ。痛いって泣いていいんだぞイーズ。我慢しなくてもいいんだぞ〜」


 ユーリが半笑いの顔で言う。イーズが顔を逸らせば、逸らした先に回って同じことをする。


「ちょっとユーリ! あんたうるさいわよ!」

「うるさいはねえだろ。俺はイーズのことを心配してんだぜ。ああ、痛えよなあ。泣きそうだろ〜」


 イーズは絶対に泣くもんかと唇をぎゅっと噛みしめる。そうすると身体に力が入って、その度にレオの手が止まる。

 それを繰り返しているうちに、レオの集中力が途切れる。我慢の限界を迎えたレオによって、ユーリは部屋を追い出された。



 それからしばらくして、ユーリの病気が見つかった。見つかったときには手遅れで、ユーリはそのときをずっと寝ながら待つだけになった。

 燃え終わりのろうそくのように、ユーリはだんだんと小さくなり、目は光を失っていく。


 イーズは養成校に入学して、寮生活となっていたのでユーリと顔を合わせる頻度はぐんと減った。それでもひと月に一度はヴェルデ村に戻って、会うようにした。

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