第108話

 イーズはゆっくりと首を振る。それが叶わないことはもう知っている。

 それならばせめて、ナノがイーズに期待することを裏切りたくなかった。


「それは、いつかきみを苦しめない?」

「…………諦めきれないことのほうが、僕は苦しいと思います」


 レオは憂いを含んだような、どこか気遣わしげな笑みを浮かべた。


「そっか。わかるなあ、それ。そうだ、きみに合いそうなものを思いついた。ユーリに提案しとくわね。お楽しみに!」

「あ、ありがとうございます! そうだ、このことはナノに言わないでもらえますか」

「もちろん。ユーリにも口止めしておくわ。じゃ、またね! 絵ができあがったら知らせるわ」


 レオもまた奥の部屋に走っていく。口論のようなふたりの声が聞こえたので一瞬不安になるも、すぐに笑い声に変わったので、イーズはそっと家を出た。

 帰路をたどりながら、ナノのことを思い浮かべる。


 せっかくナノが胸を空けてくれていたのだから一度くらいは、泣きついておくべきだったか、と。

 そんな自分を想像したら、胸の奥が痛んだ。

 それから数日後、ユーリはいくつかデザインを仕上げてくれた。


「好きなの選びな。で、レオに彫ってもらえ。ナノは今日一日帰ってこねえからよ」

「ありがとう。ユーリ……目の下、クマが……」


 ユーリは大あくびをした。急なことでだいぶ焦らせてしまったことに、イーズはぺこりと頭を下げる。ユーリは目をこすりながらも、口元には笑みを浮かべていた。


 数枚あったデザインの中で、レオがひとつ手にする。レオのいちおしらしかった。

 スケッチブックには三つの頭を持つ、黒い犬のような動物が描かれている。おどろおどろしくも、勇ましい顔つきにイーズは息を呑む。


「ケルベロスよ。神話に出てくる犬の怪物なの。これ、イーズちゃんにぴったりだと思って」

「か、怪物……? 僕に?」

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