第106話

 イーズはこっくりと頷いた。目の前に温かいコーヒーが置かれた。隣に座っているレオがよろしくと言いながら手を差し出してきたので、イーズはそれを握り返した。


「ナノのタトゥー、見たよ。あれ、ユーリが絵を描いたって聞いたよ」

「そうそう。ナノにぴったりの絵を描いた」

「なんでマーメイドの絵を? ナノに海のイメージはないけど……」


 ユーリはレオをちらりと見てから微笑んだ。


「だってかわいいだろ。人魚姫」

「えっ……ああ、まあ。でもお姫様ならほかにもいるじゃない。なんで人魚姫なの」

「ナノの母親と海を見たことを思い出したんだ。あいつに母親の記憶はほとんどないけど……残してやりたかった。それに……ナノはどこへでも行けるんだって願いを込めて。あいつには広い世界を見てほしい」


 先ほどのナノの左腕を思い出す。そしてユーリに描いてもらったのだと喜ぶナノの顔も。


「ナノはユーリの元を離れる気はないと思うよ。どこへでも行けるなんてそんな……」

「行けるよ。ナノは」


 ユーリは残酷なほどきれいな笑い方をした。

 ナノはユーリに伝えていないのだろう。伝えられるわけがなかった。踊ってしまいそうなくらい、ユーリから贈られた絵を愛しく思っているのに。


 イーズの胸に小さく火が灯る。暗闇を静かに照らすようなものだった。


「……じゃあ、ナノが世界を見るときは、僕が一緒に行くよ」

「え?」

「だってナノだけじゃ心配だもん」

「はは……そりゃ心強いな。イーズなら安心だよ。そんときはナノをよろしくな」


 ユーリはいつものとおりに笑う。いつもどおりすぎて腹立たしいくらいだった。


「ねえユーリ。僕にもタトゥーの絵をちょうだい。僕も彫りたい。変な絵じゃなきゃなんでもいい」

「え? イーズも入れるの? 描いてやってもいいけどさ……おまえ養成校に行くんだろ。大丈夫なのか」

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