第104話

 ナノが目を細める。視線の先には薄汚れた服を着たユーリがいて、こちらにむかって歩いてくる。ふたりに気づくと、おおーっと呑気に手を上げながらやってくる。


「お、なんだナノ。サボりか」

「ユーリと一緒にするな。休憩中だ。もう仕事に戻る。というか、いったい何回店に来るつもりだ!」

「おい、客に向かってその言い方はねえだろ。かわいいナノちゃんを応援しにきてんだよ、俺は」


 ユーリはナノの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。鳥の巣みたいになったナノの頭を見て、ユーリは豪快に笑っている。

 ぐしゃぐしゃの頭のまま、ナノは頬を赤らめていた。


「イーズもたまにゃ飯くらい食いに来いよ」

「うん、そのうちね」

「それ、絶対来ないやつの言い方だな。じゃあ、明日。明日の夜だ。カランコエさんには俺から言っとくから。じゃあな。ナノ、しっかり働けよ」


 ユーリはナノとイーズの頭を撫で回すだけ撫で回して去っていった。まるで嵐のようだと思いながらも、イーズはそんなユーリが憎めなかった。


「ユーリって相変わらずおもしろいよ……ね……」


 イーズの言葉はナノに届いていなかった。

 ナノはユーリをずっと見送っていた。目を細め、これまでに見たことのない顔をしていた。

 指先がすうっと冷えていく。



「イーズ見てくれ!」


 ある日、ナノが左腕をまくり上げて見せてくれた。いつもそこにあった赤黒い傷は、青いマーメイドの下に隠れていた。


「えっ、どうしたのそれ。ペイントじゃないよね……タトゥーだ……」

「ふふ。今、ユーリの友だちがうちに来てるんだ。腕のいい彫り師らしくて、その人に彫ってもらったんだ。ペイントじゃどうしても隠せないからな。いいだろう」


 そういえば、イーズの母親が「なんだか派手な人が来ている」という話をしていたけれど、ユーリの友だちだったとは。しかもタトゥーの彫り師だなんて。

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