第104話
ナノが目を細める。視線の先には薄汚れた服を着たユーリがいて、こちらにむかって歩いてくる。ふたりに気づくと、おおーっと呑気に手を上げながらやってくる。
「お、なんだナノ。サボりか」
「ユーリと一緒にするな。休憩中だ。もう仕事に戻る。というか、いったい何回店に来るつもりだ!」
「おい、客に向かってその言い方はねえだろ。かわいいナノちゃんを応援しにきてんだよ、俺は」
ユーリはナノの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。鳥の巣みたいになったナノの頭を見て、ユーリは豪快に笑っている。
ぐしゃぐしゃの頭のまま、ナノは頬を赤らめていた。
「イーズもたまにゃ飯くらい食いに来いよ」
「うん、そのうちね」
「それ、絶対来ないやつの言い方だな。じゃあ、明日。明日の夜だ。カランコエさんには俺から言っとくから。じゃあな。ナノ、しっかり働けよ」
ユーリはナノとイーズの頭を撫で回すだけ撫で回して去っていった。まるで嵐のようだと思いながらも、イーズはそんなユーリが憎めなかった。
「ユーリって相変わらずおもしろいよ……ね……」
イーズの言葉はナノに届いていなかった。
ナノはユーリをずっと見送っていた。目を細め、これまでに見たことのない顔をしていた。
指先がすうっと冷えていく。
*
「イーズ見てくれ!」
ある日、ナノが左腕をまくり上げて見せてくれた。いつもそこにあった赤黒い傷は、青いマーメイドの下に隠れていた。
「えっ、どうしたのそれ。ペイントじゃないよね……タトゥーだ……」
「ふふ。今、ユーリの友だちがうちに来てるんだ。腕のいい彫り師らしくて、その人に彫ってもらったんだ。ペイントじゃどうしても隠せないからな。いいだろう」
そういえば、イーズの母親が「なんだか派手な人が来ている」という話をしていたけれど、ユーリの友だちだったとは。しかもタトゥーの彫り師だなんて。
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