9 ケルベロスの決意

第98話

「……ナノなんて大嫌い……」

「ほう。あんなにかわいいのに?」


 農場の端にある小さな物置はイーズがひとりになるための場所だった。たくさんいる弟妹たちは誰ひとりとしてこの物置の存在を知らないし、奥まった場所にあるから両親もあまり使わない。学校の友だちにも教えていない。


 だれも来ることがないこの物置はイーズにとって大切な場所だった。

 今日もひとりになりたくて物置に閉じこもり、『いい子』のイーズが言わないようなことを口にする。


「ユーリ⁉︎ どうして!」


 ユーリが物置の窓から顔を覗かせていた。


「いやあ、イーズが陰気臭い顔でこっちに歩いてんのが見えたからついてきちゃった。で、うちのかわいいナノが嫌いってどういうことよ」

「……うそ! うそだよ。そんなわけないじゃない」


「結構マジな顔で言ってたくせに? べつに怒ったりはしねえよ。ただ納得しかねるから理由を聞かせてくれ。ナノがもしおまえに失礼なことをしてたら、俺はナノに言い聞かせねえといけねえからよ」


 ユーリは物置に入ってくると、イーズがの隣にどかっと腰を下ろした。ポケットからチョコレートを取り出すと、それをイーズの手に握らせる。同じものをユーリも口の中に放り込んでいた。


 ユーリはイーズの実家の農場で数年前から働き始めた。元は華やかな街に住んでいて、わけあってこのヴェルデ村へやってきたと話していた。

 ユーリは小さい女の子と一緒だった。それがナノだった。イーズと同い年だと母親に聞かされて、あんなに小さいのにと驚いたものだった。


 当初、ユーリは草かきもまともに扱えなかったけれど、今やすっかり農場では欠かせない存在となった。


 ユーリはナノを男手ひとつで育てながらとても頑張っている。やったこともないであろう農場の仕事に食らいつき、血の繋がらない女の子を育てている。

 その事実は、周りを味方にする十分な理由になった。

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