第96話

 ユーリが亡くなったとき、こんな光景など想像しなかった。ナノはこれからひとりで生きていくものとばかり思っていたからだ。

 旅が終わればこの手を離さなくてはならない。以前、ステラも似たようなことを話していたが、ようやくそれが近づいていることを感じる。


 いつか旅は終わらせなくてはならない。だけどその先は……。そのことを考えるとナノは自然と目線が下を向く。


「ナノ、どうしたの?」

「ううん。なにもない」


 ナノはふたりの手をぎゅっと握る。イーズもステラもわずかに手が強張ったが、すぐに握り返した。


 時間を潰すために、郵便局に行ったり、食事を取ったりした。ナノは靴屋にも顔を出しておいた。

 出航は夜。まだまだ時間があると思っていたが、気づけば日が暮れかけていた。


 夜が近づくにつれ、人が多くなる。すれ違うのはほとんど旅人だった。おそらくこの街から船に乗る人々だろう。


 前方から真っ黒なローブを着て、フードを目深にかぶった旅人がゆらゆらと歩いてくるのが見えた。人ごみの中だというのに、するりと人を避けている。

 うまく避けるものだな、とナノは旅人を眺めていた。


 人をすいっと避けてステラとすれ違おうとしたときだった。


「ステラ!」


 イーズが突然大声を出して、ステラの肩を掴むと後ろにぐいっと引っ張った。急なことでステラはふらついてその場に尻もちをつく。


「いってー……なにすんだイーズ……」


 ステラを庇うようにしてイーズが立つ。目の前では黒いローブの旅人がナイフをイーズの腹に突き立てていた。

 腹から血が流れ出て、イーズがそのまま崩れ落ちる。旅人らしき人物はナイフを引き抜くと、そっと後ずさった。


「人が刺された!」


 通行人のひと声であたりは一気にざわつく。


「イーズ! 大丈夫か! イーズ……!」

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