第92話

 その晩はレオが腕によりをかけてごちそうを作ってくれた。三人はお腹がはち切れそうなくらいに食べて、ぽっこりと突き出たお腹をさすり、しばらく動けなかった。


 温かいシャワーを浴びた後、そのまま眠ってしまおうとナノは寝室へ向かっていたところ、レオが窓の外にいるのに気づいた。

 窓を開けてレオを呼ぶ。振り返ったレオはスケッチブックを持っていた。


「絵を描いていたんですか?」

「うん。きれいな夜だと思って」

「……レオさん、泣いてました?」

「あらやだ。ばれちゃった?」


 レオは左手で頬をこすった。夜だから見えにくいけれど、月の光は容赦なくレオの涙を照らした。

 ナノは裸足のまま外に出てレオのそばに駆け寄る。手を伸ばしてレオの頬に触れると、ナノが思っていた以上に濡れていた。そして、とても温かかった。


「……レオさんも、ユーリのことが好きだったの?」

「……ええ」

「わたしも」

「うん」

「でも、わたしたちじゃ、だめなんです」

「そうみたいね」

「ユーリは…………お母さんの元に行っちゃったから」

「やっぱり好きな人がいいのよね」


 レオは、ばーか、とスケッチブックにむかって吐き捨てた。ナノも同じようにすると、レオは泣きながら笑った。


「……レオさん、わたしが旅から戻ったら、ユーリのお墓に来てください。わたしも一緒に行くから」


 レオの手を握って、そして小指を絡ませた。ナノの手よりも大きくて、骨ばっていて、だけど繊細な指先だった。絡めた小指をしばらく見つめて、レオは一度目を閉じる。


 波の声はささやき声にも、笑い声にも聞こえる。目を閉じると音に襲われそうな感覚に陥った。それでも、ナノの胸の内が揺らされることはない。レオも同じだと確信していた。


 どちらから言うでもなく、するりと小指を解く。腹の底が急に温かくなって、ふたりは笑いだした。波の声をかき消すほどに。

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