第90話

「ふたりが仲よくしてくれると、わたしも嬉しいよ。それにしても、なんだか急に仲がよくなったような」

「うーん……なんかステラといると、童心に帰るっていうのかな。だれかと追いかけっこしたり、喧嘩をするのは初めてだから。ちょっと不思議なんだ。ナノとはまた違うっていうか……ああいう存在がいるのも悪くないなって最近思うんだ」


 言われてみれば、イーズがだれかと喧嘩をしているのをナノは一度たりとも見たことがなかった。穏やかで、優しくて、とても真面目。彼の家族も、学校の生徒も先生も、村の人もイーズのことを一目置いていた。昔からずっとそうだった。


 そういえば、ユーリもよくイーズをからかったりしていた。先日聞いたタトゥーを彫るときの話にしろ、ユーリはイーズに対して、ステラのような接し方をしていたことを思い出す。


「……たしかにステラはユーリに似ているかもしれないな」


 ナノはレオの言葉を思い出していた。あの日は笑っていて返事ができなかったし、なんとなく頷けなかったけれど、今なら納得出来た。


「ねえ、ナノ」

「ん?」

「ナノは……ステラが好き?」


 ナノはゆっくりと頷いた。そっか、とイーズは目を伏せた。


「どうしてそんなことを? イーズだってステラのこと、好きでしょ?」


 イーズはナノに顔を向けているのに、その目にはナノが映っていないようだった。消えそうな火のように弱々しい光が、イーズの瞳の中に見えている。

 イーズ、と小さく名前を呼ぶと、イーズははっとしていつものように笑った。


「……旅を始めてから、イーズのことがわからなくなった」

「え?」

「わたしの知らないイーズがたくさんいる。だけど、わたしが知っているイーズも同時に存在する。すごく不思議で、ときどきこわい」

「……僕はずっと僕のままだよ? そんな今さら……」

「わたしにとっては、そうじゃないと思う」

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