第87話

「おれほとんど聞いてません! イーズがずっと聞いてました!」

「あっ、僕だけ悪者にしないでよ! ステラだって耳をぴんっと立ててたじゃない!」


 ふたりを見ながら、先ほどレオが言おうとしていたのはこういうことかと、ナノは納得した。

 目をこすり、イーズとステラの元に駆け寄る。


「一緒にしゃべりたいなら声をかけてくれればいいのに」

「いや……その、ナノが泣いているのが見えたから、なんか出ていきにくくて……」


 イーズがゆっくりと立ち上がりながら言う。その下がり眉を見ていたら、責められなくなって顔が緩む。


「レオさんからユーリの話を聞いて、このタトゥーを改めて見たら、なんだか泣けてしまった」


 ナノは左腕をイーズに見せる。青いマーメイドが月の光に照らされ、暗い海から海面へ向かっているようだった。


「……そういえば、レオさんも青色の染料しか使わないんでしたよね?」


 タトゥーを眺めながら、ふと港町で出会った料理屋の店主とうさぎの店員のことを思い出した。レオに彫ってもらったというタトゥーを自慢げに見せてきたふたり。


「それは……ユーリの影響?」

「ええ、まあ、そんなところかしら。同じことをしたらユーリに近づける気がしてね。今はもうやめどきを見失っちゃっただけなんだけど」

「……じゃあ、どうしてイーズのタトゥーは赤なんです?」


 ナノはイーズの背中を指さした。

 レオは含み笑いをしながらイーズに目を向ける。そしてイーズの胸をちょんと指さしただけだった。イーズは目をぱちぱちしながらレオの指先と目を交互に見た。


「イーズの希望だったのか?」


 イーズは首を傾げた。


「ふふ。じゃあアタシの気分ってことにしといて」


 レオはこれ以上質問を受けつけるつもりはないと言わんばかりの笑顔を向ける。三人はそれを察して、それぞれの疑問をぐっと飲み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る