第86話

 この火傷を負う原因となった火事で、ナノの母親は亡くなったのだとユーリから聞いていた。


 昔はこの赤黒い傷が嫌で、毎日ユーリにペイントをしてもらって、今はタトゥーが入っている。ユーリがナノに似合う絵柄だといってデザインしてくれたマーメイド。


 なぜマーメイドなのかと思っていたが、レオの話を聞いてなんとなく腑に落ちた。

 母親と見た海を忘れられなかった。完成させなかった青の絵画の代わりに、青いマーメイドをナノの身体に残したのだろう。


 ──敵わないなあ……。


 ナノの視界が潤んでいき、しまいにはあふれた。レオは大きく目を見開いたが、すぐにナノの頬を撫でて涙を指で拭った。


「……ここで少しゆっくりしていきなさいな。『あの子』からの返事も待たなくちゃいけないから」

「あの子……ああ、さっき話してくれた……」


「ええ。今もアタシが使う染料を作ってくれてるの。アタシもユーリも長いことあの子にはお世話になってる。ユーリが絵を預けるとしたらあの子しかいないわ」

「それはどうして?」


 レオは苦笑しつつ、言葉を探るように顔を空に向けた。


「あの子。ユーリとは犬猿の仲だからね。ユーリに貸しを作りたいでしょうから、ユーリに頼まれれば喜んで引き受けると思うわ」

「犬猿の仲?」

「うん。そうねえ……後ろで盗み聞きしてる男子たちみたいな感じかな」


 レオが身体を起こしロッジハウスのドアを指差す。ドアはわずかに開いており、そこから黒い三角の耳がはみ出ていた。ぴくぴくと動いているそれをレオがつまむと、フンギャッと尻尾を踏まれた猫のような声がした。


「ちょっとお、男子ぃ~。盗み聞きなんて趣味が悪いわよ」


 ドアを開けるとイーズとステラが床にへたり込んでいた。レオに見下ろされ、ふたりともいたずらがばれた子どもみたいな顔をしていた。

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