8 別れ
第85話
ロッジハウスの前にデッキチェアを広げ、レオとナノはのんびりと星空を見上げていた。
昼間も静かだが、夜は夜で違う静寂が訪れている。目を閉じて波の音を聞くと、もしかすると星が降っている音なのかもしれないとも思えた。
「昔のユーリの話、おもしろかったです」
「ふふ。アタシもなんだか懐かしくなっちゃった。ユーリは本当におもしろい男だったのよ」
「……その、当時ユーリが付き合っていた人って……」
レオがごろりと寝返りをうち、ナノのほうを向く。ナノも同じようにしてレオと向き合った。レオの手がすっと伸びてナノの頭を優しく撫でた。
「ご察しのとおり。あなたのお母さん」
「お母さん……」
「ええ。あなたによく似てる」
レオの指先がナノの髪の毛をするりと通る。優しくて慈しむようなその手に、ナノは無意識に頭をすり寄せる。温かくて心地がよかった。
ナノの母と付き合っているあいだ、ユーリはひたすら青の絵画を描き続けた。いろんな青を使って、何枚も描いていた。それはもう楽しそうに。
ユーリを思い出しているのか、レオの目は穏やかに細まる。そしてまたナノの頭を撫でた。
「そんなに楽しそうだったのに、どうしてユーリは画家をやめてしまったんですか」
「……ユーリはね、アイ……あなたのお母さんが亡くなった後、一時期絵が描けなくなっていたの」
レオの声がわずかに低くなる。
「それでもどうにか青の絵画を描こうとしていた。だけど描けば売られる。アイを想って残したものが、知らない人の手に渡る。大切な絵も、ぜんぶ売られていくんですもの。ユーリは心が折れてしまったのよ」
ナノは先ほどのレオの話を思い出していた。売却されないよう、ユーリはわざと青の絵画を完成させなかった。そして、それをそのままどこかへ隠してしまった。
「お母さんのことを……忘れられなかったんですね」
ナノは左腕のマーメイドにそっと触れた。
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