第80話
後々聞いた話、ユーリが絵を描き始めたのは歳の離れた弟のためだった。弟は身体が弱くてほとんど外出ができず、人生のほとんどを病院と家で過ごしているようなものだとユーリが話していた。
最初は落書きのような絵から始まり、弟に外の様子を鮮明に伝えられず、それはもどかしかったとユーリは笑う。弟が笑ってくれるから、絵を描き続けていただけだった。
たまたま学校の美術教師に勧められて、展示会に出品したところ思った以上に評価されて、絵の仕事が入るようになって、今に至る。
「仕事で絵を描くとさ、絵を手放したら、その後どうなるのかわかんねえままなんだ。売るのは俺じゃないし」
ユーリはすっかり日々に疲れていた。
少し前の自分にも似ているのかもしれない、とレオは思っていた。
だからこそユーリの絵には強烈に惹かれるものがある。葛藤すらも紙の上で生かしてしまうのだ。しかしそれはいつかユーリを折ってしまいそうな、鋭さもある気がしている。それだけは絶対に避けたい。
ユーリがずっと絵を描き続けられるようには、どうしたらいいのだろう。レオは頭が熱くなるくらいに考えた。
「……ぼくはユーリと出会って楽しくなったよ。ユーリも楽しんでくれたら……そうだ、じゃあ卒業制作には、きみとぼくの世界しかないものを作って見せ合いっこしよ。楽しい予定があると大変なことも楽しくなるよ」
「卒業制作ってまだ先……いや待て、一年ちょいくらい? 先って先でもねえか」
「うん。さすがに卒業制作のときは仕事もセーブしてさあ。限られた時間の中でものを生み出すって、なんかわくわくするね!」
レオにはユーリの手を握ってぶんぶんと振る。氷が溶けていくかのように、ユーリの顔つきがだんだんと優しくなる。そしてしまいには吹き出した。
「締切すらも楽しむのかよ。おまえそれは変態の域だぜ」
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