第67話

「そう。若さゆえよね」


 結局この人はなにを言いたかったのだろう。ステラは奥さんの意図をうまく汲めない。今までに出会ったことがないタイプだった。会話をするとどっと疲れる。

 ふと顔を上げると、店の時計が五時を回ろうとしていた。


「げっ。そろそろ仕事行かなくちゃ! すんません、靴あざした。お代はここに置いときます!」

「あらま、おしゃべりしすぎちゃった。ごめんなさいね。がんばるのよっ!」


 はあ、と気の抜けた返事を残してステラは靴屋を後にする。

 息を切らしながら仕事場まで走ると、ちょうど荷物を運んでいたイーズとぶつかりそうになった。


「わ、わりい。靴磨いてもらってたら遅くなった。あんの靴屋のババア……話長くて……」

「あー……おしゃべり好きな人ってナノも言ってたなあ。でも楽しかったんでしょ?」


 はあ? と悪態づきながらイーズをにらむ。にらまれているのにも関わらず、イーズはへらりと笑った。


「顔が赤いもの。相当笑ってきたんでしょう?」

「赤くねえよ! シャッ!」

「赤いって。この距離走ったくらいじゃそんなに赤くならないし、相当笑ってきたんじゃないの?」


 ──イーズって鋭いのか鈍いのかわかんねえな……。


 ステラは手のひらで両頬を冷やしながら店に入る。服を着替えてバンダナを頭に巻き、ホールに出る。


 ──ただあの人とずっと一緒にいたいってことを忘れてたのよ。

 奥さんの言葉が頭の奥で反芻される。

 ずっと一緒にいたいから振り向かせようとしていた。それはなんら不思議な話ではない。


 じゃあ、自分が願うものはなんだろう。最後に望むものはなんだろう。

 疑問は泡のように浮かび、やがてステラの心をいっぱいにしていくけれど、なにひとつ答えを出せなかった。


 答えの代わりに浮かんだのは、ステラの夢を笑わなかったナノの姿だけだった。

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