第65話

 ただ、知らない世界を知ろうとしただけだったのに。この世界がこの街だけではないし、この街で生まれたからといって先の人生を悲観する必要がないと授業を通して教えてもらった。


 そして、青空学校が終わってしまったときに、自分には学校に行く権利すらないのだとステラは自分の人生を悲観した。


「まあ、楽しかったっすよ。あれはあれで。だけど……ふたりの言うとおり、あんなところに学校があったところで、だれも来ないっすよね。だれもそんなん望んじゃいない。昔のおれは、まあ、かわいい猫ちゃんだったんっす」

 

 わざとおどけて、耳を動かしてみる。両手を軽く握りこぶしにして、子猫の真似をしてみた。ほかの獣人たちがどっと笑う。その笑い声が遠くで聞こえて、自分の心の音だけがいやに頭の中に響いてきた。


 心の音は、固く閉ざされたドアを血まみれの拳で叩くような、とてつもなく大きな音だった。



 ゾロたちと別れ、ステラは仕事へ向かう。とても仕事なんてできるような精神状態ではないが、お金が欲しかったのでひとまず向かう。


 その前にナノに靴を磨いてもらおうと、靴屋へ立ち寄ることにした。

 昨日も磨いてもらったから、今日もとなるとさすがに不審がられるだろうか、とも思ったけれど、ステラはなんとなくナノに会いたくなった。


 靴屋のドアをそっと開けたものの、ナノはおらず代わりに店主の奥さんが座っていた。ナノは店主と一緒に出張靴磨きに行っていると奥さんが教えてくれた。


「私でよければ靴を磨きましょうか? それともやっぱりナノちゃんがいい? ウフフ」

「ああ……いえ。えっと、じゃあお願いしてもいいっすか」


 いつもの椅子に腰掛けて、台に足を乗せる。奥さんがよいしょと言いながら屈み靴を磨き始める。ナノより手際もよく、あっというまに艶がでる。ひさしぶりに靴を磨いたと話していたが、十分な腕前だった。

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