第60話

 しかしながら、田舎者の少女が旅に出る決意をさせ、あてもない旅を続けさせ、ときにはナノを泣かせてしまう、青の絵画とそれを描いたユーリ・シオンという男を知りたかった。


 ──いや、おれが本当に知りたいのは……。


「ナノ……」


 自分の口から漏れたことに気づくまで数秒かかった。

 はっとして手で口を塞ぎ、さっと案内板から離れようとする。人がごった返してうまく動けなかった。姿勢を低くして、どうにか人のかたまりを抜け出す。


「ステラ」


 名前を呼ばれて、声のほうを振り向く。

 ざわめきが一瞬にして止み、目の前にいる人物の声だけが反響するような感覚を覚える。そこに立っていた男が探るような目つきでステラを見ていた。


「ゾロさん……」

「よう、ひさしぶり。時間があるなら、俺と茶でも飲もうぜ」

「……奢りならいいっすけど」

「変わんねえな、ステラ。安心したよ」


 ゾロと呼ばれたその獣人の男は、黄金色の耳をわざとらしくぴくぴくと動かす。細い目の奥はまったく光の差さない真夜中のようだった。その目に絡め取られるだけで、手のひらに汗がにじむ。


 ゾロに連れられて近くのカフェに立ち寄る。奥のテーブルには三人の獣人が座っていた。


「つか、おれたちのこと尾けてたでしょ。港町でジャンボさんとぶつかったし、わざとらしくぶつかってきたそのちびっこもいたし。あれ、わかりやすすぎ」


 ちびっこと呼ばれた灰猫の獣人。あの港町を出る寸前に、ステラに思いきりぶつかってきた少年だった。

 無邪気に白い歯を見せながら、てへへっ、と笑う。


「尾けてはいねえさ。ただ、様子を見てただけ」


 ちびっこの隣に座っていたサーバルの獣人、ベルが、尖った耳を器用に動かしながら言う。蛇のように割れた舌をちらちらと動かし、不敵に笑う。


「それを尾けてるって言うんすよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る