第55話

「はい。昔複製を見たらしくて。それで原画も見たいと」


 なるほど、と店主が目を細める横で奥さんが目を丸くしている。


「それで旅に出るなんて! 情熱的なのね」

「ですよね」

「でも、あの絵に複製なんてあったのね。複製を作るのも難しいと思うけれど。やっぱり原画には敵わないと思うから、原画に会えるのを祈ってるわね!」


 奥さんはナノの肩に手を乗せて、満面の笑みを向ける。


 ──複製を作るのも難しい絵画、か。


 いったいどんな絵なのだろう。ユーリはどんな絵を、どんな思いで残したのだろう。青の絵画に出会えたら、それがわかるのだろうか──いや、知りたい。

 ナノは奥さんの手に指先で触れた。とても温かい手をしていた。



 店主と奥さんは用事があるのだと言って、出かけていった。なんでもお得意さんの自宅に赴いて、この世にひとつしかない靴を作るそうだ。

 奥さんは店主にくっついて、お得意さんとおしゃべりをしにいくらしい。


 そういうわけで、ナノはひとりで店番をしていたが、昼を過ぎ夕方に差し掛かった時間帯はほとんど客などいなかった。


 そういえば、とナノは今朝受け取った手紙のことを思い出した。鞄から取り出し、客の気配がないことを再度確認して封を切る。

 いつもより分厚い手紙だった。字はところどころ震え、インクだまりが多くできている。

 

『ナノさん

 お元気ですか。

 船の修理で足止めされているとのこと、お仕事を始めたとのこと、どうか無理だけはしないだくださいね。


 さっそくですが、ナノさんに伝えなくてはいけないことがあります。旅に出る前にアヴァリーに会ったと以前手紙に書かれていましたね。アヴァリーは僕たちの従兄弟にあたるのですが、少し癖のある人で。

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