第52話

「まあね。お金を積んだところで手に入らないものもあるし」

「イーズからそんな言葉が出るなんて意外だ」


 イーズは口元に手を当ててから、首を傾げた。


「イーズにも手に入らないものがあるの?」

「それくらいあるよ」

「たとえば?」


 ナノはわずかに身を乗り出し、それに合わせてイーズが身体を引く。そしてそのまま腕を組み、天井を眺めて「うーん」と小さく唸る。


「そうだな……優しい教官とか? あと、胡散臭くない旅の仲間とかね」


 そう言って目線を動かすと、その先には両手に料理を持ったステラがいた。皿に乗ったタコスからは真っ赤なソースがはみ出ていて、ステラはそれから顔を背けるようにしていた。


「ちょっとお。胡散臭いっておれのことー? こんなに長くいてまだおれのこと疑ってるの?」

「長くもないだろ。ステラは胡散臭いんだ」


 イーズの言葉にステラはわざとらしく両手を頬に添え、唇を尖らせる。


「ひどーい。ナノからも言ってやってよ。ステラはいいやつだって」

「うーん、胡散臭いのは否めない」

「ふたり揃ってひどすぎ。おれだって傷つくんだから」

「ふふ、ごめんごめん。ステラの仕事が終わるまでここで待っているから、残りもがんばれ。三人で宿に帰ろう」


 ステラは一瞬ぽかんとして、なにも返さなかった。ようやく選んだ言葉は「……おう」という短いもので、店内のざわめきに消されてしまいそうなほどかすれていた。



 靴屋の仕事もだいぶ慣れてきて、当面の旅費も工面できる程度には貯まった。あとはレオが住む小島への船の修理が終われば、旅を再開できる。


 靴屋にはいろんな人が靴を磨きにきた。青の絵画のことを知っている人間もちらほらいて、海のようだという人、空のようだという人、夜のようだという人、青い瞳のようだという人、さまざまだった。

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