第52話
「まあね。お金を積んだところで手に入らないものもあるし」
「イーズからそんな言葉が出るなんて意外だ」
イーズは口元に手を当ててから、首を傾げた。
「イーズにも手に入らないものがあるの?」
「それくらいあるよ」
「たとえば?」
ナノはわずかに身を乗り出し、それに合わせてイーズが身体を引く。そしてそのまま腕を組み、天井を眺めて「うーん」と小さく唸る。
「そうだな……優しい教官とか? あと、胡散臭くない旅の仲間とかね」
そう言って目線を動かすと、その先には両手に料理を持ったステラがいた。皿に乗ったタコスからは真っ赤なソースがはみ出ていて、ステラはそれから顔を背けるようにしていた。
「ちょっとお。胡散臭いっておれのことー? こんなに長くいてまだおれのこと疑ってるの?」
「長くもないだろ。ステラは胡散臭いんだ」
イーズの言葉にステラはわざとらしく両手を頬に添え、唇を尖らせる。
「ひどーい。ナノからも言ってやってよ。ステラはいいやつだって」
「うーん、胡散臭いのは否めない」
「ふたり揃ってひどすぎ。おれだって傷つくんだから」
「ふふ、ごめんごめん。ステラの仕事が終わるまでここで待っているから、残りもがんばれ。三人で宿に帰ろう」
ステラは一瞬ぽかんとして、なにも返さなかった。ようやく選んだ言葉は「……おう」という短いもので、店内のざわめきに消されてしまいそうなほどかすれていた。
*
靴屋の仕事もだいぶ慣れてきて、当面の旅費も工面できる程度には貯まった。あとはレオが住む小島への船の修理が終われば、旅を再開できる。
靴屋にはいろんな人が靴を磨きにきた。青の絵画のことを知っている人間もちらほらいて、海のようだという人、空のようだという人、夜のようだという人、青い瞳のようだという人、さまざまだった。
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