第50話

「ありがとうございます。おれ、そろそろ行くわ。夕飯は裏の店に食いにこいよ。イーズも頑張ってるしさ」

「わかった」


 ステラはカウンターにお金を置くと、心なしが跳ねるようにして店を出ていく。その背中をナノは店主と奥さんと一緒に眺めていた。ステラの姿が見えなくなってから三人で見合ってから、ほぼ同時に笑った。



 日がとっぷりと暮れ、店主はドアプレートを閉店に裏返した。店の中の掃除を済ませ、今日の分の給料をもらい、ナノは靴屋を出る。ナノが明日もお願いします、と言うと夫婦は娘を見守るような目をした。


 ステラに教えられた飲食店へ向かうと、大量のコンテナを店の裏へ運んでいるイーズと会った。ナノが声をかけると、イーズは額に汗を滲ませながらふにゃりと笑った。


 店の裏口にコンテナを置き、軍手をはめたままの手で汗を拭う。


「お疲れ様。ナノはもう仕事終わり?」

「うん。ステラに聞いていたけれど、想像してたより大変な力仕事だな」

「ははは。でも、こっちの仕事のほうが僕には向いてる」


 おそらく店から貸与されたであろう、黒いシャツの袖をさらに捲り上げ、イーズの腕があらわになっている。丸太のような腕はほんのり日焼けして、血管が浮いていた。たしかに小さな皿を運ぶより、大きな荷物を運ぶ腕だった。


「僕は昼から働いてるから、これを運んだら上がりなんだ。一緒にご飯食べて帰ろう? 店の中で待ってて」


 ナノが店に入ると、店員が威勢のいい声で出迎えてくれた。野太い声が重なり、圧さえある。ナノは一瞬身を固くしたが、ステラの姿を見つけて胸を撫で下ろす。

 ステラもイーズと同じ、黒いシャツを着ていた。


「……ステラは小さな皿を運ぶほうがよさそうだな……」

「あ? なに言ってんの?」

「いや、なんでもない。お疲れ様。ご飯を食べにきたんだ」


 ステラがナノの前に水とメニューを置く。激辛タコスと書かれていたので即決した。

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