第47話

 ナノはインタビュー記事を読む。若いユーリの言葉は、ナノが知っているユーリではないみたいに情熱に溢れていた。


 ──海を見たんです。おれは画家なのに、色に対してなにひとつわかっちゃいなかったと痛感した。取り憑かれたような感覚でした。


 ある日突然取り憑かれたように青の絵画を描き始めた、とルークも話していたことを思い出す。


「この、取り憑かれた、っていうのがたまらないのよ。まさに色づかいに狂気さえ見えるほど。だけどどこか優しさもあってね……」


 奥さんの話に熱がこもってきたときだった。店頭に客がいて、こんにちはーと声がけをしている。店主は慌てて立ち上がると売り場へ駆けていき、すぐに戻ってきた。ナノを呼びにきたのだ。


「ナノさん、お客さん第一号だよ。さっき教えたみたいにお客さんの靴を磨いておくれ」


 ナノは店主から靴磨きの道具を一式預かり、店頭に立つ。そこにはステラがにんまりとしながら立っていた。


「よう。おれたちも仕事決まったぜ」

「早かったな。なんの仕事を?」

「おれは飯屋の接客。イーズも同じ仕事の予定だったんだけどさあ、あいつ身体でけえから力仕事に回されてやんの」


「なるほど。で、仕事はどうしたんだ? サボりじゃないだろうな」

「夜からだよ。夜の時間帯のほうが稼げんだ。汚ねえ靴で仕事するわけにいかねえから磨いて」


 ナノは椅子と靴磨き台を準備する。ステラの足が置かれるなり、皮のブーツの先端をさっとクロスで拭いて、ブラシでさっとほこりを落とす。

 クリーナーの缶を開けるとツンと鼻の奥を突くような匂いがした。鼻を伝って目まで刺激され、ナノは小さくくしゃみをした。その様子をステラが笑う。


「ステラ、ここの奥さんは青の絵画の原画を見たことがあるそうだ。ユーリの昔のインタビュー記事も持ってたんだ。読ませてもらったよ」

「そうなんだ。すげえ」


 ステラの声色はとても落ちついていた。

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