第40話

 イーズがハンカチでナノの顔を拭う。鞄からブランケットを取り出して広げると、ナノの身体を覆った。温かいのと同時に、子ども扱いをされているような恥ずかしさが一気に襲ってきて、寒さは吹っ飛んだ。


「それ、あったかそう。おれも入れてよ」

「うん、さあ入れ」


 ナノは右腕を上げてブランケットをめくる。身体とブランケットのすきまにステラが滑り込んだ。


「イーズも」

「え?」

「寒いだろう?」

「う、うん……」


 イーズが大きな身体を限界まで折りたたむようにしてナノの隣に座る。イーズはブランケットの端を指でつまんで、ずり落ちないようにした。

 ふたりに挟まれて、ナノは暖を取る。寒いと騒いでいたステラも温まったのか、おとなしくなった。


 なにを話すでもなく、三人はブランケットに包まったまま海を見ていた。耳元を優しく撫でるような波音と、ふたりの温もりでナノは昔を思い出していた。


 小さい頃はひとりで眠れなくて、ユーリに添い寝をせがんだものだった。ユーリはナノの肩を優しく叩き、ひそひそ声で童話のようなものを語っていた。


 ──波の音はあのときのユーリの声みたいだ。


 成長するにつれ、ユーリとは眠らなくなった。こんなことなら、もっとたくさんユーリと眠りについて、童話らしきものを聞いておけばよかったと後悔する。


「……ナノ、泣いてるの?」

「う……波の音を聞いてたら、なんだか目の奥がツンとしてきたんだ。大丈夫」

「もしかして、ユーリを思ってた?」


 イーズはこういうとき、とても鋭い。ナノはすぐに否定できなかった。

 イーズとステラに顔を覗き込まれて、涙を抑えようとしたのに、さらに溢れてくる。我慢できなくなって膝に顔を埋めて嗚咽した。


 頭をがしがしと撫でられるのを感じた。ユーリが昔ナノにやってくれたのと似ていた。

 顔を上げると、ステラが海を見たままナノの頭に手を乗せていた。

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