第38話

「それが癒しの存在に対する行いか!」

「あらま、怒っちゃった?」


 頭頂部が鳥の巣のようになってしまい、必死に整えるナノをステラは鼻で笑った。

 ナノはひょいとイーズの後ろに隠れる。昔からのくせだ。イーズも呆れているだろうな、と毎度思っているけれど、イーズの後ろはナノの避難場所になっている。


「ステラ、ふざけるのはおしまい。もうすぐ宿だよ」


 イーズが進行方向を指さした。

 人混みはだいぶまばらになり、歩きやすくなったところで、宿が見えてくる。旅人用の安い宿は街の端に追いやられているようなところにあった。


 四角い木製の箱のような形の建物に、片流れ型の赤い屋根がついている。近づいて見ると、ところどころ壁の木の皮が剥がれていた。波の音が近くに聞こえ、冷たく強い風が吹いている。


 宿へ立ち入ると、カウンターがあるのに人の気配がなかった。かわりに小さな黒板が置いてあって、『外出中』と書かれていた。

 その隣には周辺のマップらしきものがどさりと雑に置いてある。旅人や観光客向けに、街全体の簡易的なマップを作っているらしかった。


「観光客も増えてんのに、店主不在ってどういうことよ」

「いいじゃない。変わらないところもあると落ちつくだろ」


 三人は顔を見合わせて苦笑する。とりあえず宿の主人が戻るまで、辺りを散策することにした。


 宿から海の方面へむかうと、波の音がだんだんと近づいてくる。鉄色の砂浜が広がり、さらに向こうには白い灯台があった。

 波が寄せては引いていく。果てのない海をぼんやりと眺め、その青さにナノはしばらく酔いしれた。


 海が青いのは空の色を反射するからだと習った。海の水が透んでいればいるほど、純粋な空の色になるらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る