第37話
「大きな船が入るようになってから街は栄えたけれど、いろんな場所からいろんな人がやってきて……ここいらも最近はちょっと治安が悪いんだ。お客さんたちも気をつけてねい。またこの街に立ち寄ったら、遊びにきておくれよ。レオにもよろしくな」
うさぎの店員はナノを細い腕で包み込み、ナノもしっかりと抱き返した。
店を後にして宿に向かって歩きだす。
帰り際のうさぎの店員の言葉を思い出すと、ナノの背中は自然と丸まり、視線も足元に落ちていく。
「街が栄えた分だけ、治安が悪くなるのは致し方ないのだろうか」
ぽつりとつぶやくと、イーズもステラも答えに困っていた。
人が増えて栄えた分だけ、なくなるものもある。いつかヴェルデ村もそんなふうに変わる日が来てしまうのだろうか。賑やかになるのは嬉しいけれど、大切なものがなくなってしまうなんてことに──。
「なにかを得るには、なにかを失わないといけないのかもしれないね」
イーズが溜息まじりに言った。
「……失わずに得る方法はないのだろうか」
「望むもの全部が手に入る方法ってことかよ。そんなもんありゃ、苦労しねえよ」
ステラはポケットに手を突っ込む。目を伏せて、やれやれと首を振っていた。
望むもの全部だなんてそんな贅沢は言うつもりなどなかった。だけど、失わずに得るというのはやっぱりそういうことになってしまうのかもしれない。
「さびしいな、それは。わたしはできれば、大切なものは大切に持っていたいのだけれど」
「世の中そんなに甘くねえって。ときにはなにかを切り捨てる勇気も大事なんですわ」
「そうかもしれないけれど……それはさびしい」
「わかってねえな。世間知らずのナノちゃんはよ」
ステラがナノの頭を乱暴に撫でた。突然やってきた嵐のようにステラの手は大きくて力強い。
「うわっ! なにをする!」
「世間知らなすぎて、なんか逆に癒されるわ」
と言ってステラはナノの頭をさらにもみくちゃにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます