第31話

 そんな質問をされるとは、と言わんばかりにイーズは目を見開いた。魚を持ったまま眉間を歪ませて、イーズは少しずつ言葉をつむごうとする。


「わからない。たしかに僕はステラのことを完全に信頼したわけじゃない。だけど、三人で星を見たとき、ステラの話が気になって。僕は星を見てあんなふうに思ったことがなかった。だからもうちょっと……一緒にいてみようかなって思った。それに……」

「それに?」

「……ステラが入ってここ数日、ナノも楽しそうだし。ナノが楽しそうなのを邪魔したくない」


 楽しそう、と言われて、ナノの顔がぽっと熱くなる。楽しいのは事実だけれど、そんなにわかりやすく態度に出ていたのは気恥ずかしかった。


「うん……ステラとイーズと、三人でいるのはすごく賑やかだとは、思う」

「賑やかなのはステラだけだよ」


 イーズは苦笑してから、また魚を食べ始める。イーズが歯を立てるとぱりっと皮が小気味いい音を立てた。ふわふわの白身から湯気が立ち上っている。食欲をかき立てられ、ナノも魚を口に含んだ。


 しばらくしてステラが戻ってくる。服の裾を両手でつまみ、その中にはいくつか木の実が入っていた。用を足したついでに取ってきたのだと得意げな顔をする。


「やけに帰りが遅いと思ったら」

「魚食ったら甘いもん欲しくなったからな。秋に実ったやつの生き残りだろうけど。ひとついくらで売ろうか……ってこら、ナノおまえ勝手に食うなよ。売り物だぞ」

「甘酸っぱくてうまい」


 ナノは思わず口をすぼめる。口の中に残っていた魚の匂いが薄まり、いい口直しになった。


 しばしの間身体を休めた三人は、また港町を目指す。ときおり遠くから聞こえる汽笛の音が、三人を奮い立たせる。

 港町から三日ほど船に乗り、そこからレオがいる街を目指す。


 ──街に着いたらルークさんに手紙を書こう。ああ、あとイーズのおばさんにも。きっと心配しているだろうし。


 レオに会えたらまずなにから尋ねればいいだろうか。青の絵画の所在について──は知っていれば手紙に書いてくれるはずだろうから、おそらく答えは得られない。昔のユーリの話を聞いてみたかった。


 考えれば考えるほど、ナノはユーリのことを知らないのだと痛感する。一緒の家に長いこと暮らしていたのに。

 ナノはマーメイドがいる左腕をそっとさすった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る