第13話

 こんこん、と玄関のドアをノックする音がして、肩をびくりと震わせた。


「ナノ、僕だよ。イーズ」

「……イーズ」


 ナノはまつ毛の先に涙を残さないよう、入念に目を拭った。きっと肌が赤くなっているだろうから、いくつかの言い訳を考え、力を込めて立ち上がる。

 ドアを開けると、両手で鍋を持ったイーズが立っていた。


「いらっしゃい。ずいぶんと大きな鍋だな」

「母さんがナノに持っていけってさ。豚肉と骨をつけこんでるやつ。残り汁は灰汁を取って、スープにしなさいって」


「ありがとう。唐辛子がたくさんあるから、ちょうどよかった。そうだ、イーズ、お茶でも飲んでいって」

「うん。じゃあお言葉に甘えて」


 イーズは鍋をかまどに置く。ナノよりも早く、棚からマグカップを取り出しお茶の支度をする。まるで我が家にいるようだった。

 ナノは先ほどアヴァリーが飲み残したお茶を流し場に捨てた。


「あれ、お客さんでも来てたの?」


 ナノはこっくりとうなずく。


「……あんまり、いいお客さんじゃなかった?」

「え……どうして?」


 イーズはふたり分のお茶をリビングへ運ぶ。その背中を追いかけながらイーズの答えを待った。


「目が赤いから」

「ああ、これは……その、寒さで顔がかゆいからだ。手でこすっていたら赤くなってしまった」

「……そうなの? それで眼球まで赤くなる?」

「む……イーズは相変わらず意地が悪いな」

「話してほしいだけだよ。ナノは教えてくれないから。まあ、無理強いはしないけど」


 そう言って、イーズはお茶をひと口飲んだ。

 イーズは人の心を土足で踏み荒らさない、雪解けを待つ春の花のような人間だ。


 ナノを助けようとしているのは痛いほどにわかるけれども、それがイーズの重荷になってしまわないか不安だった。アヴァリーのことを話せば、心配させるかもしれないので黙っておいた。

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