第12話
「この村に来てからユーリは絵を描いていません。遺作なんてないです。青の絵画はこれから探しに行きます」
「探しに?」
アヴァリーは意外そうな顔をした。
「ええ。見つかれば、ルークさんに報告する予定で……」
「いえ、まずは私に一報をいただきたい。彼はもうじき死ぬ。絵画どころではない」
──もうじき死ぬ、だなんて。
強い断定の言葉は、胸を刺す剣のようだ。相手の痛みを知ることもなく傷つける。
「もうじき亡くなる、と仰るのであれば、なおさらルークさんに知らせたいです。ルークさんはユーリの絵を見たがっている。間に人を挟んでは、情報の伝達が遅れてしまうかもしれない」
「それは……私がルークに情報を伝えないだろうと仰るのです?」
「いえ。わたしがルークさんにいち早く伝えたいという意味です」
「話になりませんな。女性はすぐに感情でものごとを進めたがる。効率というものを考えない」
「感情を持って生きている以上は、ものごとに感情が伴うのは仕方のないことだと思います。それに約束は守るものだと、ユーリから懇々と教えられていますから」
アヴァリーは眉間を歪ませたまま立ち上がる。ぎしぎしと古めかしく鳴る床と、彼が履いている傷ひとつない革靴をナノは睨みつけた。
それでは失敬、と会釈をしてアヴァリーは立ち去った。アヴァリーが完全に背中を向けているのを確認してから、ナノはドアを閉めた。ドアの鍵をかけた瞬間にナノは身体の力が抜けてその場にへたりこむ。冬にも関わらず脇には汗がにじんでいた。
こんなとき、ユーリがいてくれたなら。悪意のある似顔絵を描いて、一緒に笑ってくれただろうに。
目の前が揺れて、ぼやけていく。すっかり乾いたと思っていた瞳にも、まだ涙が残っていたのだと思った。ナノはごしごしと目をこすり、唇を歯で押さえつける。
そして、一度大きく息を吸って吐いた。
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