第11話
「ユーリ、大切なことはなにも残してくれてないんだな、もう」
スケッチブックを元の場所にしまい終えて、リビングに戻ったところで玄関のドアを叩く音が聞こえた。どんどんと力強い音に急かされ、ナノは小走りで玄関へ向かう。
ドアを開けるとシワひとつないシャツと、しっかりとセンタープレスの入ったパンツを着て、黒い外套を羽織った男が立っていた。外套には金色の釦がついていて、よそからやってきた人間だとひと目でわかる。
彼はじろりとナノを見下ろす。奥にくぼんだ目は先の見えない洞窟のようだった。ナノの手のひらに薄く汗がにじむ。
「あなたが、ナノ・ビオレタさんですか」
「は、はい……あの、どちらさまでしょう」
「私は、アヴァリー・シオンと申します。亡くなったユーリ・シオンの身内の者です。少し、お話をしたく。お邪魔しても?」
拒否するという選択肢を与えないような威圧感に、ナノはただ従うしかなかった。先日会ったルークとはまったく雰囲気が違い、アヴァリーは笑顔のひとつもない。
ひとまずアヴァリーをリビングに通し、お茶を出したが、アヴァリーはほとんど口をつけようとはしなかった。
「ユーリが亡くなったと聞き、大変驚きました。死因は?」
「内臓の病気でした。見つかったときには……もう手遅れで」
アヴァリーは部屋中をぐるりと見渡してから、なるほど、と絡みつくような口調で言う。
「先日はルークもお邪魔したそうですね」
「え……ああ、はい」
「では青の絵画の話もルークから聞かれましたか。あの絵画は高値で取引される、大変価値のあるものでね。ユーリはもう青の絵画を描いていなかったのですか? 遺作なんかがあればお譲りいただきたい」
青の絵画について、アヴァリーが話している内容と、ルークが話している内容はほぼ一致する。にも関わらず、まったくべつの話をされているような心地だった。
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