第10話

 イーズには家族水入らずの時間を過ごしてほしかった。

 それはある日突然なくなるものだから、大切にできるときにしてほしい。こういうことを言うと、イーズはすぐに心配するのでぐっとこらえておいた。


 自宅に戻り、ナノは自室のキャビネットをあさる。紺青のインクとペン、便箋と封筒を取り出してリビングに戻る。


 ──これを彫ってもらったとき以来か。


 ナノはセーターの袖をめくる。左腕の前腕部を優雅に泳ぐマーメイドをじっと見た。深い青色をしたタトゥー。


 このタトゥーをナノの腕に宿してくれた人は、ユーリの長年の友人だと聞いていた。きっと彼ならば青の絵画の話や、ユーリが画家をやめた理由を知っているかもしれない。というより、ユーリの友人なんて彼しか知らないので、ナノは彼を頼らざるをえなかった。


 便箋にペンを滑らせる。紙がインクを吸ってじわりとにじんだ。広がっていくにじみを、人差し指でそっと撫でた。



 ユーリの友人へ手紙を出してから、しばらくのあいだユーリの部屋の中をあさっていた。もしかするとなにか残っているかもしれないし、ひょっとすればナノに黙っていただけで絵をしまっているかもしれない。


 それに、ユーリが亡くなってからこの部屋のものをほとんど動かしていなかったので、これを機に整理しようと決めた。

 物入れを開けると、スケッチブックが雪崩のように飛び出てきた。ほこりっぽい空気にナノは思わず咳き込む。


「こんなに……あ、これお母さんだ」


 色鉛筆で描かれた女性の絵があった。ナノと同じ銀色の髪をしていて、穏やかに笑っている。


 次のページをめくると、ルークとジャックと思われる人物も描かれている。

 それから、海の絵が数ページにわたって続いている。色彩的に朝、真昼、夕方、夜中だろう。

 すべてに目を通してみたけれど、めぼしい情報はひとつもなかった。

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