第4話

 しかし、もう十年以上は顔を合わせていないだろうに。いったい彼は今頃なにをしにきたのか。ナノの顔にわずかに力が入る。

 ナノの様子を見て、ルークは察したようだった。


「僕はもう先が短くて。最期に兄さんに会いたいと思って、居場所を探していたんです。ようやく見つけたと思ったら……まさか兄さんのほうが先に亡くなっていたなんて」


 けほけほ、とルークは乾いた咳をする。執事が背中をさすると、涙目になりながら礼を言った。


「……兄さんはここでどんな暮らしをしていたのですか?」

「特別なものではないと……思います。農場で働いて、ときどき絵を描きながら過ごして……」

「絵を?」


 ルークの瞳にぽっと火が灯る。青白い顔にわずかに興奮がにじんでいた。


「兄さんは絵を続けていたの?」


 これまでささやくように話していたのに、急に大きな声を上げたせいか、ルークはまた咳き込む。


 ナノがお茶を差し出すと、ルークは執事に支えられながらゆっくりを飲み込んだ。小鳥が水分を取るような弱々しい飲み方だった。そんなところまでも、ユーリと似ているものだから胸が痛んだ。


「すみません……いや、兄さんは画家をやめてしまって……だからもう絵を描いていないと思っていたから」

「画家? ユーリが? ユーリは趣味で絵を描いていたくらいで。画家なんてそんな。たしかに絵は上手でしたけど」

「兄さんは画家だったんだ。……ナノさんは、知らない?」


 ナノはゆっくりと首を振る。亡くなるまでそんな話を聞いたことはなかった。

 長いこと一緒にいたつもりだったのに、ナノはユーリの過去を知らなかった。ルークの存在にしろ、ユーリのかつての仕事にしろ、初めてもたらされた情報にナノは戸惑う。


「……ユーリは、どうして画家をやめたんですか? まさか、わたしを引き取ったから……」

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