おうごんのせいれい

杉野みくや

おうごんのせいれい

 昔々、とある小さな村に、ひとりの貧しい少年が住んでいました。毎日、靴磨きの仕事をしては病気で寝たきりのお母さんを看病する日々。

 お母さんはいつも遠慮していますが、少年は「大丈夫だよ」と口癖のように返します。

 少年にとってはそれなりに幸せな日々を送っていました。


 しかしある日、お母さんの病気がひどくなってしまいました。高熱にうなされ、咳をするたびに真っ赤な血が床へと飛び散ります。

 少年は泣きそうになりながら、必死に看病しました。

 しかし、具合はどんどん悪くなるばかり。お母さんの息がだんだんと細くなっていきます。


「お母さん!しっかりして!ううっ……」


 少年の頬を涙が伝いました。

 そのとき、「少年よ」とどこからともなく声が聞こえてきました。


「お供え物を持って森の奥深くに来るのだ。さすれば、そなたに助太刀してしんぜよう」


 そう言うと、不思議な声は聞こえなくなりました。

 とっさに辺りを見回しますが、お母さん以外には当然だれもいません。しかし、「行かなきゃお母さんが死んじゃう」という気持ちが突然強くなってきました。気づいたときには夕方に作ったお団子を持って外へと飛び出していました。


 まんまるお月さまの足下を少年はひたすらに走って行きます。息が上がり、胸がとても苦しくなってきました。でも、お母さんと比べたら、こんなのたいしたことありません。

 お仕事で疲れた足をがんばって動かしていると、やがてひとつの小さなほこらが見えてきました。中には小さなお皿が一枚だけ。ほかには何も見当たりません。

 袋からお団子を取り出し、お皿の上にそっとのせてみます。

 すると突然、ほこらがピカッと光り出しました。


「うわっ!?」


 目をうっすらと開いた少年は目を丸くしました。

 黄金色の光を帯びた小さな精霊が目の前をパタパタと飛んでいたのです。


「来たな、少年よ?」

「あの、ぼくを呼んだのきみなの?」

「いかにも。私は富を司る神の眷属、いうなれば手下のようなものだ。少年よ、そなたは母上を助けたいのだな?」

「うん!はやくしないと、お母さんが!」

「そう焦るな。その袋をしっかり持っておけ」

 

 少年は袋の端をギュッと強く握りました。するとなんということでしょう。少年の持っていた袋はたちどころにたくさんのお金でパンパンになったではありませんか。

 黄金に輝く袋の中を見て、少年は思わず言葉を失ってしまいます。


「これだけあれば、腕の良い医者の元へとゆけるだろう」

「ほ、本当にいいの?」

「ああ。だが、私のことについては決して誰にも話してはならぬ。さもなければ、そのお金はたちまち使い物にならなくなるであろう。約束できるか?」

「や、約束する!絶対に誰にも言わないよ!」

「では、お行きなさい」


 精霊に背中を押された少年は一目散に病院へと向かいました。


「お医者さん!僕のお母さんを助けてください!お金はありますから!」


 必死に頼み込む少年を、お医者さんはひとまずなだめます。そして、

「こんな大金、どこで手に入れたんだい?」

と尋ねてきました。


 焦っていた少年はつい、

「精霊さんがね――」

と言いそうになりました。しかしすぐに開きかけた口を閉じると、唇を固く結びました。


「ん?」

「……はなさないでっていわれたから、いわない。約束したんだ!」


 少年は首をぶんぶん振って強いまなざしを向けました。それを見たお医者さんは少し考えた後、少年の家に案内するように言いました。

 家に戻ると、辛そうな顔をしたお母さんの姿が目に入りました。「お母さん!」と思わず駆け寄ろうとしましたが、お医者さんに体を掴まれてしまいました。


「少しじっとしていなさい」と告げると、お医者さんはお母さんの元に向かいました。その間、少年は「お母さんが助かりますように」とただひたすらに祈っていました。


 しばらくすると、チュンチュン、という小鳥のさえずりが聞こえてきました。

 目をうっすら開けて窓の外を見ると、お日さまが顔をのぞかせていました。

 どうやらいつの間にか寝てしまったようです。


「お母さん!」


 ベッドの方をばっと向くと、すやすやと寝ているお母さんの姿が見えました。どうやらお医者さんのおかげで良くなったみたいです。

 ほっ、と息をついた少年が立ち上がろうとすると、腕が何かにコツンと当たりました。その方を見ると、夜に持っていた袋が置いてありました。


「あれ?この袋、お金がまだ入ってる」


 袋の下には一通の白い手紙が挟まっていました。


『これは君とお母さんのために使いなさい。お金を払うのは、君が立派な大人になってからで十分です。何かあったら、遠慮無く病院に来てくださいね。それでは、お大事に』


 手紙を読み終えた少年は胸がいっぱいになっていました。

 あふれんばかりの気持ちを大事に抱えると、そっと胸の中にしまいこみます。


「そうだ!ほこらにいって、お礼をいわなくちゃ!」


 そう思い立った少年は朝の水くみをかねて、森の奥深くへと向かいました。しかし不思議なことに、いくら探してもあのほこらを見つけることはできませんでした。

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おうごんのせいれい 杉野みくや @yakumi_maru

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