第2話 くつろぐ野良猫
俺の呼びかけに応えない小鳥居さんはリビングに入ったかと思えば、ソファに座ってくつろぎ始めた。
「デリケートなこと聞いて悪いんだけど……小鳥居さんはどんな理由で家出したんだ?」
「千隼、私は陽菜」
「いや知ってるけど」
「小鳥居さんじゃなくて、陽菜」
呼び捨てでいいよ、ということだろうか。
小鳥居さんが構わないのなら、俺も問題なかった。
「じゃあ陽菜……さっきの質問に答えてくれないか?」
「お母さんと喧嘩したの」
ありがちだな。家出の理由ランキングで一位になってそうなほどに。小鳥居さん……じゃなかった、陽菜が母親と喧嘩している姿をあまり想像できないけど。
「持ち物は? 家出すると決めたのなら、色々と準備してきたんだろ?」
「これと、これ」
陽菜はブレザーのポケットからスマホと財布を取り出した。
猫の肉球が描かれている可愛らしいカバーに包まれたスマホ。
それとは逆に素朴なデザインの財布。
「それだけか? ……それだけだよな。他に持ち物ある様子には見えないし」
「スマホとお金があれば、何とかなる」
「陽菜は衣食住の住って知ってるか?」
「ここ」
細くて白い指先が床を指す。
ここが住処だと言いたいらしい。
「陽菜は知らないのかもしれないけど、ここは高宗家なんだ」
「高宗姓だけしか住んじゃいけない?」
「そういうわけじゃないが……本当に居着くつもりか? いきなりすぎて正直、困惑の意しか示せない……」
「ダメ?」
小首を傾げ、上目遣いで俺を見やる陽菜。
そんな仕草には騙されない。これは猫が自分のわがままを押し通そうとする時に甘えてくるのと同じだ。
「まあ、高宗家のことは俺が勝手に決められるわけでもないしな。親に聞いてみるしかないな」
俺も大概甘かった。猫好きな俺が猫みたいな女子の言い分に逆らえるかといえば、ノーと言わざるを得ない。
「ありがとう」
陽菜は意外と素直にお礼を言う。
そしてソックスを脱ぎ捨て素足になると、ソファに寝転がって瞼を閉じた。自由か。
「親に相談してくる」
返事はない。陽菜はすうすうと寝息を立てていた。
それにしても無防備な子だ……横向きに寝ているおかげでスカートの内側に秘められていた純白が丸見えである。剥き出しの素足の肌色にも目を惹かれてしまう。
すやすや寝ている彼女にブランケットをかけてやった。
これで純白も肌色も見えない。俺の思春期心も刺激されない。
二階の自室でPCを起動して、通話アプリを開く。
コールすると、すぐに相手は応答した。
『どうしたの千隼? 面倒事でもあった?』
画面越しで母さんと向き合い、状況を説明する。
『ふーん、クラスメイトの家出ね。まあ、いいんじゃない?』
「居着かせていいってことか?」
『そうよ』
「そんな簡単に言って……いったい誰が面倒を見るんだ!?」
『あんたが拾ってきたんでしょ? だったら、あんたしかいないでしょ。それとも、千冬に押し付ける? あの子、仕事を邪魔されたら泣くと思うけど』
「うっ……千冬姉には迷惑かけられない……」
最近の千冬姉は特に忙しそうだった。
家出娘の世話を押し付けて苦労させるわけにはいかない。
「分かった……頑張ってみる」
『まあ、そんなに気構えなくていいわよ。女子と一つ屋根の下、しっぽりやれると思って適当に過ごしなさいな』
「しっぽり!?」
『仕事するから、じゃあね。あ、陽菜ちゃん加わった分の生活費は後で送っておくわ』
通話が切れた。
うちの両親も結構な自由人だ。子供たちを置いて海外で写真を撮り続けている。わりと有名なフォトグラファーで、それなりに稼いでいるから、俺は姉と二人暮らしでも苦も無く生活させてもらえているわけだが。
「とりあえず、夕食を用意して……」
もう日が暮れつつある。
細かいことは置いておいて、ひとまずは腹を満たそう。
一階に降りてリビングの様子を見る。
「ん……お腹すいた」
起き上がった野良猫は丸めた手で目をくしくしと擦り、あくびをした。
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