家の前にいた野良猫系女子の世話をしたら懐かれた

夜見真音

第1話 家の前で野良猫を見つけた

 猫という生き物がいかに可愛いかは俺が語らずとも皆が知っていることだと思う。

 それでもあえて語らせてもらうと、猫の魅力といえば自由なところだ。


 食べたい時に食べ、寝たい時に寝る。

 人間に擦り寄ってきたかと思えば、手を伸ばした瞬間にそっぽを向いて去っていく。

 何物にも縛られず、あるがままに生きる猫の姿には優雅さを感じる。できることなら俺も猫のように生きてみたいものだ。


 そんなこんなで俺は猫に一種の憧憬すら抱いているのだが、悲しいかな、触れることは叶わない。


 なぜなら俺は、猫アレルギーだから。


「ちくしょう、こんなに可愛い猫ちゃんがいるのに……!」


 俺は道のど真ん中で歯を噛みしめる。

 数メートル先に一匹の猫がいた。艷やかな毛並みの黒猫で、奇怪なものを眺めるような目で俺を見つめている。


 今は放課後。近所のコンビニに行った後の帰り道で黒猫と出会った俺は、しばらく道路に立ち止まっていた。


 猫アレルギーの俺は、猫に少し近づくだけでも涙とくしゃみが止まらなくなる。どれだけ愛しくても触れることができない片想い。


 悲劇のヒロインめいた心情になりつつ遠目で眺めていると、やがて黒猫は走り去っていった。


 名残惜しさを感じながら、足を進める。

 自宅はもう目と鼻の先だ。わりと大きな一軒家と広めの庭。

 家の近くには公園があって、庭先からでも入口が見える。


 その公園の入口に、一人の女子が立っていた。

 俺が通う高校の制服を着た彼女は、静かに公園のほうを向いている。ミディアムヘアの黒髪がそよ風に撫でられ靡いていた。

 

 あの子は……クラスメイトの小鳥居ことりい陽菜ひなさんだ。いつも無表情で何を考えているのか分からず、独特な言動をすることからクラスでは不思議ちゃん扱いされている。


 どうして公園を見ているのだろう。猫でもいるのかな。


「小鳥居さん、ここにいるの珍しいな」

「……ん」


 話しかけると、喉を一瞬だけ鳴らすような返答をしてくれた。振り向いた小鳥居さんは、薄い青色の目で俺をじっと見つめる。 


「公園に用があるのか?」

「ない」

「そうか……」


 普段話さないだけあって、どうコミュニケーションを取ればいいのか分からない。

 小鳥居さんは端正な顔を、俺の自宅に向けた。


「あそこ、千隼の家」

「そうだけど……知ってるのか?」

「うん、知ってる」


 どうして知ってるんだろう。場所を教えた記憶はないんだけど。


「上がってもいい?」

「俺の家に? なんで?」

「私、家出したから」

「はあ……そうなのか。それで俺の家に上がろうとする理由が分からないけど」

「それは……千隼の家だから?」


 わけが分からない。あと、呼び捨てなんだな。別に不快なわけではなく、小鳥居さんが誰かの名前を口にするのが新鮮だった。それくらい小鳥居さんは普段から誰とも喋らない。


 俺がどう応えればいいのか迷っているうちに、小鳥居さんはすたすたと歩いていく。目指すのは俺の家。庭に入っていく小鳥居さんを追いかける。


「ちょっと待ってくれ! ナチュラルに上がり込もうとするなって!」

「ダメ?」

「ダメというか……ほら、俺たち別に仲が良いというわけでもないし」

「仲が良くないと、家に上がったらダメなの?」

「まあ、普通はよく知りもしない相手の家に入らないんじゃないかな」

「じゃあ、仲良くなろう」


 そう言った小鳥居さんは、ためらいなく玄関のドアを開けた。

 まったく、マイペースすぎるぜ。勝手に家に上がり込んでくる野良猫みたいな子だ。


「はあ……まあ、いいか」


 人生、臨機応変にいくべきだ。クラスメイトの女子を家に上げるぐらい、なんてことはないし。


 本当にそうか? もし自室のドアを開けられ、薄い本があるのを目撃されたら?


「小鳥居さん、二階には上がらないでくれ!」


 秘蔵の本がバレては困る。俺は慌てふためきつつ玄関に入った。 

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