普通の高校生、裏切られる

第5話 密室、2人きり、何も起きないはずもなく……

 さかのぼること33日前――


 普通の高校生だった俺は宇宙人に拉致らちされ一度死に、死んだ後もクローンでよみがえり拉致され、泣く泣くやつらの手下となって、地球を飛び出すことになった。


 何を言っているか自分でも分からないが、とにかくこれは全て事実だ。

 詳しくは第1話から確認して欲しい。


 ――そして現在。ここは広い宇宙を彷徨う、とある宇宙船の中。

 初めて見るハイテク技術に目を配りながら、俺は恐る恐る船内を見学している。


「……それでは、次の部屋をご案内いたします」


 船内のガイドを任されたこの超絶美人の名前はチャッピー。

 あまりにも美しいため、緊張で目を合わせることも危ぶまれるが、こうして俺が普通に会話できているのは、彼女が作り物の人造人間アンドロイドだからだ。


 そして船内にはもう一人、キャプテンと呼ばれる女性がいる。彼女の方も顔は整っている方だが男性っぽいマニッシュな見た目のせいで、緊張することもない。

 ちなみに彼女は今自室にこもって眠っているらしい。


 彼女達がグレイのような顔だったり、触手のある化け物ならまだしも、地球人と瓜二つな見た目なのは幸いだろう。

 ちなみに当たり前に言語が通じているが、これは彼女達の星の技術らしい。


 今は地上のように徒歩で船内を徘徊しているが、これも高次元の科学力によるものだ。

 遠心力とやらを使って引力を生み出し、重力下にいるかのような状態で船内を過ごしている。

 無重力の方が便利だと思うが、人は筋力の劣化が激しいため、宇宙船内の重力化は常識とのことだ。


 銀色の美しい髪を追いかけるように足を進めると、チャッピーは廊下の途中で立ち止まった。


「こちらがヒイロ様の部屋です。そちらの手をかざして下さい」


 言われた通り認証パネルに手をかざすと、自動扉が上にスライドして、中から部屋が現れた。

 ベッドとソファーしかない質素な部屋だ。


「こちらへどうぞ。さぁ、そこに腰掛けて下さい」


 言われるがまま部屋に入り、ソファーに腰掛けると、チャッピーは前触れもなく俺の左横に着座した。

 ち、近い。顔のいい女が密着している。何故かいい匂いもするぞ。


「右手のボタンを押して下さい」

「み、右手? ……触っていいの?」


 チャッピーは無言でうなずいた。

 息を飲み込んで、俺は本物の女性に触れるように、優しく彼女の右手に触れる……柔らかい。本物の女性のようだ。

 ボタンを探すために撫で回すが、そのようなものは見当たらない。


「私の右手ではありませんよ。ヒイロ様の右手から見て……」


 彼女は覆い被さるように手を伸ばして、俺の右手に手を伸ばして掴んだ。

 膝の上に伸し掛かる柔らかい感触と、美しい後ろ髪から香る極上の匂いに、思わず「あっ……」と声が漏れる。


「こちらのボタンです」

「……ごほん! なるほど。こっちか。すまんすまん」


 咳払いで誤魔化しながら、何事も無かったかのように振る舞った。

 彼女が言いたかったのは、俺のにあるソファーに備え付けられたボタンのようだ。

 てっきり俺はアンドロイドの彼女の右手に秘密のボタンがあるものだと思い、勘違いしてしまったが、思わぬ誤算であった。


 気を取り直して、正真正銘正しいボタンを押す。

 すると、壁一面に映像が映し出された。


「ヒイロ様に馴染みのあるUIで設計しました。操作方法は分かりますね? 遠隔でヒイロ様の網膜を感知していますので、操作して下さい。音声でも可能ですが」

「なるほど、娯楽はちゃんとあるってわけか」


 親切設計で日本語表示された画面は、見慣れたスマホのものに近い。

 アプリのアイコンにはゲームや動画、本やブラウザ、さらには西暦表示の日時を示した時計と、現在の宇宙船の座標が映し出されている。

 ……あと俺の借金残高も。


 何もない独房のような部屋だと思っていたが、これがあれば十分だ。

 俺は現代っ子なので、この新しいデバイスの操作もすぐ慣れるだろう。


「現在ヒイロ様に与えられた入室権限はこの部屋と、中央のリビングルーム、お手洗いとシャワールームのみです。キャプテンの指示がない限り行動は自由ですので、この部屋で過ごしていただいて構いません」

「……自由ってどれくらい?」

「こちらに危害を加えなければ問題ありませんので、※自主規制ピー※をしていただいても結構です」

「こ、こらこら! そんな美人がピーとか言っちゃダメでしょうが」

所謂いわゆる人の生理現象です。いけませんでしょうか?」


 と、言いながら彼女は俺の突起した股間を指差した。

 先ほどの接触から、俺の中の男が騒ぎ出している。


「キャプテンも寝ていることですし、早速いかがでしょうか?」

「ちょっとそれはさすがに……」


 まだハードルが高い。

 相手がアンドロイドとは言え、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。


「私が手伝いましょうか?」


 なんだその男の夢のシチュエーション。卑怯だぞ。

 この胸の高鳴りは止まる気配がない。


 密室、2人きり、何も起きないはずもなく……


『おはよう諸君! リビングに集合だ』


 チャッピーの肩に触れようとしたその瞬間、頭を突き抜けるような邪魔な声が耳に入った。

 驚いて音の方を振り向くと、壁にデカデカとキャプテンの顔が映し出されていた。


『聞こえているなら返事をしてくれ』

「聞こえています、キャプテン。今からヒイロ様と向かいます」

『そうか、ヒイロと一緒なのか。なら待っているぞ』


 絶妙なタイミングでキャプテンにベタな妨害を食らい、いやらしい雰囲気は終了してしまった。


「ヒイロ様、残念ながら今回はお預けです。早くキャプテンの元へ向かいましょう」

「最悪だよあの女……くそ、仕方ねぇか」


 俺は落胆しながらリビングルームへ向かった。





「どうしたんだヒイロ? まるで女とイチャイチャしようとしていた寸前に妨害が入って、何も出来ずに不完全燃焼したかのような顔をしているぞ」

「……見てたのかよ。趣味悪いなぁ」


 やはりあの部屋には監視カメラみたいなものがあったか。

 確かに俺のような訳ありは見張る必要があるだろうが、清い青年の恥を覗き見た罪は重い。今度部屋で裸踊りでも披露してやろうか。


 とか考えながら、俺は卵形の椅子に腰を下ろした。

 対面の席には寝てスッキリしたのか、生き生きとしたキャプテンが足を組んで腰掛けている。


「そろそろいいだろう……チャッピー、ネットワークをオンにしてくれ」

、キャプテン?」

「仕方ないだろ。さすがにネットワークが無いと星や宇宙都市を見つけられないからね」


 何の話をしているのかよく分からない俺に、チャッピーはそっと耳打ちした。


「ヒイロ様。今のシーンは伏線ですので、覚えておいてください」


 ……いや、伏線とか言っちゃダメだろ。


 その後彼女はキャプテンに言われた通り端末を取り出し、何やら操作をし始めた。


「……検索完了。どちらへ向かいますか?」


 彼女がそういうと、テーブルの上に三次元のホログラム映像が映し出された。


 大小様々な球体と、無機物な塊が無象ざに散りばめられている。

 俺はそれが宇宙の地図を模したものだと理解した。


 キャプテンが星の一つに指を触れると、その星の詳細データが表示される。

 彼女は一つ一つを見比べながら、結論を出した。


「よし、ここにしよう。『惑星カッサム』」


 惑星カッサム。

 表面積70億平方、総人口249億人。

 重力1.2、平均気温32℃。


「ここからですと52時間ほどかかりますが、よろしいですか?」

「それまでの食料と燃料は問題ないな?」

「はい。問題ありません」

「よし、決まりだ。文句はないな、ヒイロ?」

「文句も何も、よく分からなんだけど……」


 惑星のこともよく分からないし、そもそも何をしに行くのか以前に、彼女の――この船の行動指針みたいなものが分からない。


「りゃくだっ……買い物だよ、買い物。地球の燃料は代替燃料だからね。船の装甲もそうだ。きちんとしたものを補充したい」


 何やら物騒なワードが聞こえた気がしたが、後半は理解できた。

 俺が船を壊したせいで、2代目の宇宙船はメイドインアース製だから、宇宙規模で考えれば脆い船なのだろう。

 旅の目的は分からないが、長旅を考えれば必須だ。


「では任せたぞチャッピー。僕はまた寝るからな」


 そう言い残して、彼女は自分の部屋へと戻っていた。


「寝るって……さっきも寝てただろ」

「キャプテンは1日の3分の2は睡眠されますので」


 ……コアラかよ。



 ※コアラは1日20時間睡眠する


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