第2話 乳房と乳首

 目が覚めると、知らない白い天井が見えた。

 ここは病院で、どうやら俺は搬送されたらしい。


「……目覚めましたか」


 その声がした左手の方に首を動かす。

 銀髪の美しい北欧系の美人がそこにいた。彼女の言葉は随分と流暢な日本語だった。

 同じ深い青の瞳が印象的だが、シックな黒のメイド服のような衣装が、彼女の透き通るような白い肌を際立たせている。

 クールな大人びた印象だが、頭の海兵のような帽子とツインテールに親しみやすさを感じる。


 彼女の名を知っている。

 名前はチャッピー。アンドロイドだ。

 デジャブと言うやつだ。既に知っている記憶が目の前で再現されている。


「まさか……ループしているのか?」

「ループじゃないよ、ヒイロ」


 耳に入ってきた別の声――キャプテンだ。

 本名なのか役職なのかは分からないが、彼女はチャッピーにそう呼ばれていた。

 片眼鏡に金髪ボブの憎い顔が目に映る。


 彼女たちは宇宙人――自らそう言っていた。

 実際、チャッピーと言う現代の地球では再現不可な高性能のアンドロイドをその目で見たらからには、信じざるを得ない。


 そして俺は彼女たちに拘束されている。

 ここが何かの研究室なのか、宇宙船の中なのかは分からないが、あまり良い状況とは言えないだろう。


「ここは君にとっては1年後の世界だよ」

「1年後って……俺は1年も眠っていたってことか?」


 両手首と足首に付いた拘束具をガチャガチャと鳴らしながら、語気を強めて尋ねた。


「まぁ落ち着きたまえ。我々としては不本意だったがこうせざるを得なかったんだよ。なに、悪いのは君だ。これから説明するよ」


 キャプテンはそう言うと、何やら腕に装着しているボタンを押す。

 すると天井に突如スクリーンが現れ、映像が流れ始めた。

 俺は仰向けのままその動画を見つめた。


 動画には俺の姿……今と同じ状況で拘束された姿が映っている。

 どうやら過去の映像らしい。斜め上の角度から俺が仰向けに眠っている画。映像の画角を考えると、どうやらこれはチャッピーの視点――彼女の目で録画した映像のようだ。


『……最後に一つだけ君に尋ねよう。君にとって――地球人の君にとって一番欲しい物は何か? 心から大切にしたい価値のあるものは何かを、君の口から聞きたい』


 何かの尋問をした後なのか、催眠状態のように虚な目をした俺に対して、キャプテンが語り掛ける。

 映像の中の俺はゆっくりと唇を動かして答えた。


『欲しい……もの? ふふふ……おっぱい』


「消してええええええええええええええ!!」


 怒号どごう混じりの大声で、俺は動画の消去を懇願こんがんした。

 何なんだこれは、卑怯だぞ。そりゃ健全なる男子として乳房は好きだが、自白剤のようなものでそれを聞き出すのはダメだろ。そもそも年がら年中頭の中がおっぱいって訳じゃなくて、たまたま学校終わりのムラムラしてたタイミングとチャッピーの胸の膨らみをチラチラ見てしまっていたとか、色々な要因が重なった結果であって、普段なら「お金」とか「愛」とか、そう言うありきたりな答えをちゃんと答えたはずなのに。


 恥ずかしくて顔を隠したいが、両腕を拘束されてそれが叶わない状況がキツい。


「おっと間違えた。この動画じゃなかった」


 悪ぶれる様子もなく、キャプテンはデバイスを操作する。

 今度は正真正銘間違いないと言いたげな表情で、別の動画を再生した。


「…………これは」


 その動画がどんなものだったのかと言うと、俺が覚えている記憶と一致したものだった。

 目覚めるとこの部屋に拉致されていて、アンドロイドのくだりをやった後に、宇宙人であることを知らされた。ここまでは覚えている。

 だが、それ以降は知らない情報だった。

 キャプテンが「殺すか」と発言し、俺は精一杯抵抗。なんとか片腕を自由にした俺は自爆ボタンを押し、それを起動。

 あとはチャッピーとキャプテンが脱出用の船に乗り込むところで、映像が終了した。


「我々の船は君が押した自爆スイッチのせいで爆発した。君は死んだが、我々は船を失った」

「私たちは地球に不時着し、1年の歳月を経て地球の資源で宇宙船を再構築しました」

「そして君は船が完成したあと、目覚めたのだ」


 二人は交互に台詞を言い合い、説明を付け加えた。


「……どうした、驚いて声も出ないか?」

「えーっと、驚いたって言うか、理解出来ないって言うか。爆死したならなんで俺は生きてるのって話だし、そもそもその時の記憶がないのも意味不明だし」


「では、私が順を追って説明いたします」

 と、困惑する俺に答えてくれたのはチャッピーだ。

 そして彼女は人差し指を上に突き上げて、一の指文字を表す。


「まず一つ。今のあなたはクローン人間です」

「クローン? クローンって確か」


 ……コピー人間ってことだったよな。

『死んだ』のはオリジナルの三宅一色。俺のオリジナルが、クローンの俺の知らぬところで爆死したらしい。

 チャッピーのような高度なアンドロイドがある科学力なら、クローン技術も可能かもしれない。


 俺が察した表情を読み取ったのか、チャッピーは二本目の指を立てる。


「二つ目。あなたの記憶がない理由です。先ほどの録画映像の中で『覚えている記憶』と『知らない記憶』の境目があるはずです」

「記憶の境目か。チャッピーの頭が取れて、それにビビった後、宇宙人である説明を受けて……でもそれ以降の口封じの為に『殺す』って言われたことは覚えてないな」

「私はあなたの身体に何をしたか覚えていますか?」

「身体に何をって……あっ、いや、それ言わなきゃダメ?」


 自由自在に動くツインテールにシャツのボタンを解放された後、なぜか乳首責めに遭ったのだ。

 それを機械相手とはいえ美人に向けて口にするのははばかられる。あと一応キャプテンも女性だし。


「そこであなたの体毛を採取し、それを基にクローンを生成しました。つまり採取される直前までの記憶が、クローンのあなたには残っているのです」


 毛を採取? まさか……













「乳毛?」

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