ビリオン・デッド 〜10億回死んだ男〜

モモノキ

普通の高校生、宇宙へ行く

第1話 爆発オチ

 目が覚めると、知らない白い天井が見えた。

 ここは病院で、どうやら俺は搬送されたらしい。


「……目覚めましたか」


 枕元でそうささやいたのは、銀髪の美しい北欧系の美人。その見た目と反した流暢な日本語だった。

 同じ深い青の瞳が印象的だが、シックな黒のメイド服のような衣装が、彼女の透き通るような白い肌を際立たせている。

 クールな大人びた印象だが、頭の海兵のような帽子とツインテールに親しみやすさを感じる。


 こんな美人を忘れるわけがない。

 それもそのはず、俺は今日の学校の帰り道で、彼女と出会っている。

 帰路で自転車を飛ばしていると、道を歩く彼女と衝突しそうになったのだ。

 彼女を避けようとブレーキを握りながら方向転換したせいか、誤って電信柱のようなものと衝突したのを覚えている。

 打ちどころが悪かったのか、そのまま気を失ってここに運ばれたらしい。

 恐らく彼女は当事者として付き添いをしてくれたのだ。


「あの、怪我とかありませんでしたか?」


 病院に運び込まれた側が言うのもなんだが、そこは男として格好を付けさせて欲しい。

 万が一、こんな美人に怪我をさせてしまったのなら男が廃る。


「大丈夫です。私はアンドロイドなので」

「……Android? スマホが、ですか?」

「携帯端末の機種ではありません。私自身のことです」


 達者な日本語であるが、会話は成り立っていない。

 適当に愛想笑いを返していると、不意に別の声が耳に入った。


「そのままの意味だよ」


 奥に見えるこの女性は、初めて見る顔だ。

 銀髪の彼女と同じ帽子を被っているので、どうやら彼女の友達らしい。

 三白眼の右目には眼帯をしている金髪ボブ。

 銀色のラバースーツの上から白いマントを羽織っていて奇抜だ。

 ハスキーな声のイメージと違って童顔で背が低いので、こっちの方はただの厨二病の中学生かもしれない。


「チャッピー、こいつに証明してやれ」

「わかりました、キャプテン」


 お互いにハンドルネームのようなものを呼び合う。

 銀髪美人が「チャッピー」で、厨二病女が「キャプテン」らしい。

 何かのオフ会だろうか。


「こちらをご覧ください」


 銀髪美人――チャッピーに呼ばれて、彼女の方に目を向ける。


「はい、なんでs……ぎゃああああああああああ!!」


 俺は悲鳴をあげた。

 チャッピーが腰元で、自分の生首を抱えていたからだ。

 その頭部と近距離で目が合ってしまった。


「落ち着いてください」

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」


 生首が口を動かして、言葉を発した。

 そのショッキングなシーンを目の前で見せられて、思わず身体がのけぞろうとするが、なぜか身体が動かなかった。


 ガチャガチャ……

「なんだ、拘束されてるぞ! まさかここは病院じゃ無いのか?」


 手足がガッチリと金属の輪っかに縛られており、身体が動かない。

 必死に力を込め、拘束具を外そうとするがびくりともしない。


「落ち着かんか!」――バチン


 キャプテンは暴れる俺に平手打ちを食らわせた。

 そのショックで反射的に力が抜け、俺は大人しくなる。


「僕たちは君を殺そうとは思っていないよ。ただ、大人しくしてもらうために拘束させていただいてる」

「……そうなのか?」

「もう一度チャッピーの頭をよく見たまえ」


 俺は彼女に言われた通り、恐る恐る生首の方に首を傾けた。


「これは……」


 彼女のちぎれた首の断面から金属や散りばめられたコードが見える。

 それに本来動くはずのないツインテールが、触手のようにウネウネと動いている。

 チャッピーは人造人間アンドロイドだった。


「私はアンドロイドですので、自転車にぶつかる程度のことは問題ありません。理解されましたか?」


 どう見ても人間の肌にしか見えないが、これが手品の類ではないことは分かる。

 会話も違和感ない……とんでもなく凄い技術だ。(同時にロボットと知ってショックだが)


「あんたたちもしかして未来人なのか?」


 部屋を見渡す限り、ここは病院ではないことが分かる。

 複雑な機械は医療機器かと思ったが、現代日本に存在しないホログラムなど、明らかにオーバースペックだった。


「いいえ。我々は未来人ではありません。ある意味では正解ではありますが」

「半分正解ってこと? よく分からないな」

「それについては僕が答えよう」


 とキャプテンが自信満々に答える。


「簡単に言えば宇宙人だ。キミからすれば僕はだし、僕からすればキミが宇宙人だ。科学力の差で僕たちが遥かに上回るから、未来人と思われても仕方ないけどね」

「……宇宙人? 普通に日本語喋ってるけど」

CHAPー01チャッピー能力スペックを持ってすれば、ほんの数分で地球の主要20言語の取得が可能だ。リアルタイムの自動翻訳により、我々と君との会話を可能にしている」

「マジかよ、チャッピーすげぇ」


 キャプテンの話を聞きながら、チャッピーの美しい顔を羨望せんぼうの目で見つめた。

 見つめられた彼女は自分のツインテールを動かして、俺のシャツのボタンを外す。

 なんて繊細な動きなんだ。滑らかな髪が俺の地肌に触れる。


「ちょ、乳首いじらないで。どうしたの急に。照れ隠し的なやつ?」


 チャッピーは髪で俺の胸をもてあそびながら、後方のキャプテンに目線を向けた。

 彼女は片手間で俺を責めながら、キャプテンと会話を始めた。


「いやっ」

『しかしキャプテン、よろしいのですか?』

「はあっ……うっ、無視?」

『何がだ、チャッピー?』

「ちょ、やめ」

『我々の正体を彼に話して』

「くすぐったいって」

『確かにそうか。僕としたことが迂闊うかつだった』

「ああん」

『……殺すか』


 あれ、今物騒なワードが聞こえた気がするゾ?


「……と言うことだ。さっきは殺さないと言ったが、それは取り消した」

「えーっと、じょ、冗談だよね? 俺誰にも喋らないって」


 俺の問いかけに、キャプテンは鼻で笑う。

 目が笑っていない……どうやら本気のようだ。


「あんたら未来人とかなんだろ? だったら、未来の道具で記憶を消す機械とか薬とか無いのか?」

「ははは、面白いことを言うね。そんな薬は………………ある」

「チッ、流石に無いか……ってあるのかよ! じゃあそれで良いじゃないか」

「だが断る」

「なんでだよ、この人でなし!」

「薬は(値段が)高いから勿体無い。殺せば無料タダだ」


 俺の命はかね以下なのか――開いた口が塞がらない。

 論理感が狂っている。


 とにかく精一杯抵抗しないと。

 状況時は絶望的だが、諦めるわけにはいかない。


 手足を縛るリングは人間の力で千切れなさそうだが、手の方はなんとかだ。

 親指をグッと下に収納して、両手を引っ張る。


 ……よし、左の方が抜けた。


 チャッピーが立つ反対側に操作盤のようなものが見える。

 一か八か自由になった左手を伸ばして、ボタンを押すしかない。


「おい待て、それは」


 彼女は微動だにしなかったが、キャプテンの方は慌てた表情を見せた。


「頼む、なんか起きてくれ!」


 もしかして何かマズイボタンなのか? とにかく一番っぽい赤いボタンに手を叩きつけた。


「――自爆ボタンだ!」


「はい?」


 部屋中が赤いランプに染まり、警告音が鳴る。

 キャプテンは帽子を床に叩きつけた。


「チャッピー! なぜ彼を止めなかった」

「それならそうと命令してください」

「アドリブくらい効かせろ、ポンコツ」

「今のはロボハラです。然るべき機関に訴えさせれいただきます」

「ふざけている場合か。そんなことよりも脱出だ。準備してくれ」

「……チッ、了解しました」


 少々の小競り合いを交えると、二人は俺を置いて部屋を出て行った。


「ちょっと待ってくれ! そもそもこれ止めれないのか?」


 俺の声が聞こえたのか、脱出途中のキャプテンが戻ってきた。


「君は馬鹿か? 途中で解除できるなら、自爆ボタンの意味がないだろ?」

「場所も場所だが、そもそも自爆ボタンがあるって、意味わかんねえよ」

「悪役のたしなみだ」


 最後にそう言い残すと、彼女たちは消えていった。

 ……悪役の自覚はあったのか。


 部屋にポツリと残された俺は、もう片方の腕を外そうともがく。

 自由な左手で他のボタンを連打するが、何も起こらない。

 警告音のリズムが激しくなり、いよいよ終わりが近づいてきたことを悟る。


 だめだ、この部屋から逃げられない。


「爆発オチとか……勘弁してくれよ」


 眩い光に包まれて、人生の思い出――走馬灯が見える。




 三宅一色みやけひいろ、享年17歳――――

 ここに散る。

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