第7話 悪役令嬢、やってくる

 ティナがこの世界に来た時と同じように魔法陣が現れている。

 つまり、また異世界から誰かが来るということなのだろうか。


「なんで……」


 ティナの方を見てみると、ティナも想定していない出来事のようで驚いている様子だ。

 数秒後、その魔法陣から一人の人物が現れた。


「成功だわ!」


 魔法陣からできたのは、一人の少女。

 今回もまたティナと同じく、この世界ではあり得ないほどの美しい容姿をしている少女だった。


 燃え盛る炎のように真っ赤なツインテールの長い髪。

 自信に満ち溢れている表情。


 そして、髪色のように赤い高価そうなドレスを身に纏っている。


「君は……?」


 俺が声をかけると、その少女は俺の方へと目を向けた。


「か……」

「か?」


 その少女は、何故か固まった。

 固まっている間に、ティナは俺の背後に隠れた。


 顔見知りの人物なのだろうか。


「かっこいいですわ!!!」

「え……?」


 その少女は突然、目をキラキラさせて俺のことをかっこいい、と言い放った。

 そういえば、ティナにもかっこいいと言われたな。俺の顔は異世界では人気な顔立ちなのか?


 その少女は、俺のことを指さして言う。


「あなた、私の婚約者になりなさい!」


 俺は一瞬、思考が停止した。

 コンヤク?


 思考が追いつかず戸惑っていると、その少女はもう一度言う。


「私と婚約しなさいと言ったのですわ!」


 もう一度言われたことによって俺はようやく理解した。

 理解はしたが、余計に混乱した。


 婚約? 俺と……?


「ちょ、ちょっと待ってください! そもそも、君は一体誰なんだ」

「おっと、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。ワタクシは、エイミー・ヴァレンタインですわ!」

「エイミーさん」

「そんな堅苦しい呼び方はしなくても良くってよ。エイミーとお呼びください」

「分かったよ、エイミー」


 この立ち振る舞い。

 恐らくエイミーもティナと同じように貴族令嬢なのだろう。


 だが、一つ気になったことがある。

 エイミーが現れてから、ティナの様子がおかしい。

 俺の後ろに隠れながら、震えているのだ。


 不思議に思いつつも、俺は自分の紹介をしてからエイミーとの話を続ける。


「俺は、藤川璃空だ。よろしく」

「ええ、よろしくお願いいたします」

「君はどこから来たんだ?」

「私は、イヴアセスト帝国から来ましたわ」


 エイミーもイヴアセスト帝国から来たのか。

 ということは、やはり二人はお互いに面識があるのかもしれないな。

 そう考えていると、エイミーは俺の後ろに隠れているティナに気が付く。


「あら? あらあら? そこに隠れているのは下級貴族。それも、下級貴族の中でも最底辺のアーネット家令嬢、ティナではありませんか!」

「…………」


 やはり面識があるようだったが、とても良い関係性とは言えない雰囲気を感じる。

 なんとなくだが、ティナが俺の後ろに隠れた理由が分かったような気がする。


 発言から察すると、エイミーは上級貴族の家系なのだろう。


 ティナは言っていたな。

 下級貴族の自分は周りから良い扱いを受けてこなかったって。


「隠れていないで、出てきなさいよ」

「…………」


 ティナは恐る恐る俺の背後から顔を出した。


「まさかこんなに早く会えるとは思ってなかったわ」

「……私、も」

「もっと喜びなさいよ。私に再会できたのですよ?」

「……うん」


 誰がどう見ても良い雰囲気とは言えないな。

 明らかにエイミーの方が立場が上という感じの話し方で会話が進んでいる。だが、このままではよくない気がする。


 俺は決めたはずだ。

 ティナを守ると。


 俺は再びティナの前に立つ。


「ちょっとエイミーさん。ティナが怖がってます」

「あら、ごめんなさい。軽いいたずらのつもりですわ。それに、あなたは私の婚約者になるのですから、そんな子の肩を持たなくてよいのですよ?」

「俺は婚約の申し出を受け入れた覚えはないですよ」


 俺が婚約の申し出を受け入れていないと伝えると、エイミーは予想していなかった答えが返ってきたかのような反応を見せる。


「え、私との婚約をお受けになさらないのですか?」

「俺たちは初対面でお互いのことを何も知らない。それに、俺は他の人に対して上から目線で話すような人は嫌いです」

「っ!?」


 俺が自分の意見をエイミーに伝えると、エイミーは膝から崩れ落ち、泣きそうになりながら俺に対して謝罪してくる。


「ほ、本当に申し訳ありません! 悪気があったわけではありませんわ! もうこのようなことはしませんので、許してくださいまし!」


 これは予想外の反応だ。

 エイミーは気が強い子なのかと思っていたので、こうも簡単に謝ってくれるとは思っていなかった。

 が、謝る相手は俺ではない。


「謝る相手は俺じゃないよ」


 俺はそう言って、ティナの方へと視線を向ける。

 エイミーはすぐにティナの方へと歩み寄り、深く頭を下げた。


「ティナ……申し訳ありません……。今まで酷いことを言って、酷いことをして……。もう、しないから許してくださいませんか?」


 ティナもエイミーの謝罪には驚いているようだった。

 ティナはまだ少し怖がっているようだったが、エイミーの謝罪を受け入れた。


「……許します」

「ありがとう!」


 謝罪を受け入れてもらったエイミーは笑顔になった。




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