静寂の深いプールへ
.。o○☆彡
2人は、瑠璃が泳いでみたいと言っていた、深いプールに行くことにした。ここは屋内プールであり、そういうプールもある。
しかしそのプールで泳ぐには、条件があった。最低でも25mを泳ぎ切ること、さらにそのプールの深い所で泳いだり、潜る場合、潜水して息継ぎなしで25mを泳ぎ切ることが条件だった。
条件に関しては、翠夢はもちろん、瑠璃も既に完遂出来ていた。翠夢は平泳ぎで50mまで泳げる上、息も1分半続けられる。瑠璃はバタ足だけで25m、その時にかかった時間は1分近く。
もうこの深いプールで泳ぐことは容認されていた。
ただ、そのプールは、深いと言っても2mとか、ちょっと深いと言える深さではない。普通は2mであったが、一番深い所は5mであり、そこまで行く人は殆どいなかった。
また、深い所以外にもちょっとした仕掛けがあるものの、そこに行く人は少なかった。特殊な装置によってバブルリングが出ていたためという。水面で浮いている状態でもみることができるもの。
ほとんどの場合は練習のためにこの水深5mプールは使えないが、週に2回、不定期に使えるタイミングがあり、今回がその使えるタイミングだった。
なぜこのプールに来たのかというと、そういうチケットがあったからであるが、最大の理由はこの深いプール。
瑠璃がこのプールで泳いでみたかったこと、翠夢の泳ぎが得意ということが合致したためだった。間違えても助けてくれると…例えば、潜水中に息止めが続かず溺れても助けてくれる。監視員がいるので問題は無さそうだが、伝えることも出来ない可能性を考えたようだ。どちらにせよ、このプールが使えるタイミングで良かったようだ。
2人は、水中マスクとシュノーケルを身に着けた。翠夢は少しスポーツ寄りの雰囲気に、瑠璃は青く露出の抑えた水着と水中マスクにより眼鏡っ娘の時とは違う可愛さの雰囲気になった。それでも、眼鏡の時の雰囲気を残し、形の違う眼鏡を付けているようなものであった。
「このプールは深いから、気を付けないとな。明らかに危ないと思ったら、無理にでも浮上させるからな」
「それでいいです。前からこのプールの底まで行きたかった。今までは親に行ってはいけないと言われてました。ただ、やはり少し怖い…」
「なら約束事を決めよう。水中で苦しくなってもすぐに限界になるわけじゃないから、それに従って動いて」
「約束事?翠夢さんが体感してこれなら大丈夫だったってこと?」
「そうだ。肺の下、お腹の上。横隔膜あたりが勝手に動き出したらすぐに浮上。本当に苦しいときはマスクの中の空気を鼻から吸うこと。これらを覚えておいてくれ」
「…うん。」
2人は、プールの底を目指して、潜り始めた。
バタ足で泳ぎつつ、逆立ちするような姿勢で、手で水をかく。ある程度深いところになると、水圧で耳が痛くなる。瑠璃は対処法がわからなかったため、一旦浮上した。
翠夢は、浮上してから瑠璃に対処法を教えこみ、何度か潜水を繰り返した。慣れるまで時間がかかり、息を整えるのもしなければならかった。
「…(梯子を使って練習するべきか?)」
少し疑問を持ちつつも、潜水して5回目。瑠璃がプールの一番深くまで潜れるか不安感を持ち始めた頃、ようやくプールの一番深いところまで着いた。
そこには、水の中と周辺に何もない、独特な世界があった。開けてはいるが、その世界に入れるのは一部の人のみ、脱出してから生命の安全を確保するにも時間がかかる世界。
水中の泡が少し音として流れる以外は、陸とは違う静寂の世界が広がっていた。この世界には、現在は2人だけであり、深いプールを独占していた。
2人は、両手を繋いで見つめ合う。水中では話すことはできない。瑠璃は、この深いところでは表情が不安げだったが、翠夢に手を繋がれたら、一気に表情が緩くなった。
しかし、それによって気が緩んだのか、止めていた息を吐きはじめてしまう。
「…(俺はもう少しは大丈夫…)」
「…(ブクブクッ…んっ…んーっ!)」
瑠璃は苦悶(くもん)の表情を浮かべた。息止めの限界を感じ、息継ぎに戻る。しかし、息継ぎにも時間がかかってしまう。それを翠夢は感じたのか、途中から瑠璃が浮上するのを手伝い、2人で息継ぎをした。
「っ…ぷはっ!はあ、はぁっ、はぁ…(あれ…力が…)」
「はぁ、まずい、何とかプールサイドまで行かないと…」
何とか瑠璃は水に溺れずに息継ぎが出来た。プールサイドにつかまり、呼吸を整える。
「はあっ、はぁっ、ふうっ、私には、難しかったかな。もう少し…」
「そんなことはない。練習少ないのによく出来てると思う。息を止める練習くらいは自分でしていたように見える」
「…そうです。ちょっとそういう話に憧れがあった時があって。それで泳ぎはそれなりに出来るようになったんです」
「そうか。憧れというのはわからないが、水中でいろいろなことをしてみたかったのか?」
「そうです。好きな人と、水の中で遊んでみたかった。これから、私がこのプールでしたいことを話すけど、聞いてくれますか?」
「…一応聞くが、危険なことはしない。こういう話をしてくれることを考えると、俺は信用されてるな。男性恐怖症と言っていたが、俺の場合は大丈夫だと思ってくれるのか」
「はい。翠夢さんなら、嫌なことを絶対にしないと信じてます」
翠夢と瑠璃は、この深いプールの底で泳ぎ始めた。少し遠い場所に泡が出ている音が聞こえてくる。そちらに泡の音を聞きながら行ってみたい。
泡が出ている音がしている方に行くと、装置からバブルリングが出ていた。定期的に出てくるので、瑠璃はそれをくぐる。息の続く限り繰り返す。それを翠夢は見ていた…見とれていたともいえる。泳ぎ自体は下手ではなく、単純に目が開けられなかっただけだった。露出を抑えた水着、眼鏡っ娘だが今回は水中なのでマスク型でいつもと違う空気感、細身で無駄の少ないスタイル。それらの要素がこの深いプールの世界では完璧にかみ合っていた。まるで、ある種の人魚姫のような。
その後、プールの底付近を抱き合いながら泳ぐ。息止めの限界は瑠璃の方が速いのだ。瑠璃は下を見ながら、翠夢は上を見ながら…
「…?」
何かが飛び込んで…いや、
人が落ちてきた!
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