RAIH-コタツ事件



 浪花シイナは口笛を吹きながら、リズミカルに階段を上り廊下を進む。最近お気に入りのスリーピースバンドの譜面を頭に思い浮かべ、さて新曲はどんなテイストにしようかと思案する。

「おつかれーぃ!……ってありゃ?」

 意気揚々、目的地──4階空き教室の扉を開けた。

 生徒は他におらず、見知った背中が一人佇んでいた。シイナに気づいた彼女は振り向き、どこか悩ましげに眉をひそめている。

「ゆきちゃん、どしたの」

 困った顔もかわいいなぁと頭の片隅で思いつつ、ゆきちゃんと呼ばれた彼女──利雪レンリがますます表情を曇らせた。不機嫌そうに人差し指で床方向を指す。

「アンタあれが見えてないわけェ?」

「オレはゆきちゃんしか眼中に無いから……」

「溝に落ちても知らないわよ」

 冷ややかな返答に、シイナは彼女の指先を視線で辿った。教室の中央に、とある物が鎮座していた。

「……コタツだ」

 シイナが思わず口からもらした。

 そう、コタツが鎮座している。正方形の天板から、柔らかそうな布を広げている。

 シイナはレンリへ視線を戻すと、首をかしげた。レンリも同じように首をかしげてきたものだから、あまりのかわいさにシイナはときめく他なかった。



     ***



「何故コタツがある」

 次にやってきた風海アスカが開口一番に言い放った。それくらいには異常事態だ。

 断っておくが、ここは学校。府立四ツ街高等学校の、4階空き教室がひとつ。おおよそコタツがいて然るべき場所ではないのだ。確かに外の空気が刺すほどに冷たく、レンリもシイナも、そしてアスカもカーディガンやらパーカーやらを着込み、暖房の低性能に嘆くくらいにはコタツが恋しい季節である。

「おい、シイナ」

「ああっと、かざみん。オレに聞いても無駄だよ」

「なんだ、お前が利雪のために持参してきたんじゃないのか」

「かざみんはオレを何だと思ってんの……?確かにゆきちゃんがコタツ欲しいって言ったら持って来ることもやぶさかじゃないけども」

「ちょっと、アタシはコタツで喜ばないわよ」

「だから犯人オレじゃないってばぁ」

 シイナの弁解はスルーされ、レンリが果敢にコタツへ近づいた。コタツ布団をめくり、中を検め、天板をズラしてまた戻す。一頻り確かめて「普通のコタツだわ」と簡潔に結論を述べた。

「誰のコタツなんだろーね。この教室ってオレら以外使ってんの?」

 シイナが二人に尋ねた。

 ここは主に一年生が使用する4階の、最東端空き教室。レンリとアスカは一年生。シイナは後輩からこんな態度ではあるが二年生。4階は一年生たちのフロアであるため、シイナは普段の様子を知らない。そんな理由で出た問いだったのだが。

「知らないわよ、空き教室の使用状況なんて」

 一刀両断された。それはそうか、とシイナも苦笑いを浮かべる他なかった。

「……とりあえず、このコタツを持ち込んだ犯人を見つけないとね」

「何故」

「だって……かざみん。持ち主が見つかんなきゃ返せないじゃん。勝手に捨てるわけにもいかないっしょ。……コタツってなにゴミか分からんけど」

「エー、めんどくさァい。ほっとけばいいじゃない」

「いや、このまま放置で先生に見つかるのマズくない?最悪オレたちが持ち込んだってあらぬ疑いかけられるかも」

「シイナならやりかねんからな」

「だからかざみんはオレを何だと思ってんの!」

 尊敬のその字も無い後輩からの批評を一旦流し、シイナはコタツを持ち込みそうな人間を思い浮かべてみる。

「とりあえず、学外の人間がもちこんだかどうかは置いとこう。不審者が学校に侵入したかもなんて考えたくないし……」

「じゃあ先生か生徒ってコト?」

「もしくは警備員さん……用務員さん……」

「教師も警備員も用務員も、バレたら上から懲罰くらいそうね。そんなリスク冒してまでバカみたいなコトするかしら。生徒じゃない?」

「うーん……そうかな……。そもそも何でコタツなんだろ?」

「寒いからだろう」

「簡潔かよ。そんな理由かな……」

 深く考え込むシイナとは対照的に、すでに推理ごっこに飽きたのかレンリが退屈そうに机に腰掛けてスマホを開いた。アスカは最初から推理に付き合うつもりもなく、のんきにコタツに足を入れ始めている。

「……ていうか、先生に見つかるのがマズいなら、見つかる前に先生に申告しちゃえばいいんじゃないの?謎のコタツがあるんで回収してーってさ」

「あ、そっか。ゆきちゃん天才」

「聞き飽きた」

「ハイ……」

 レンリの塩辛な対応にひしがれつつ、では先生を誰か呼んでこようという結論に至り、シイナが踵を返したときだった。

 コツコツコツ。廊下から足音が聞こえてきた。明朗な足取りで、この教室に向かって来ている。

 まさかもう先生が来たのだろうか、とシイナとレンリが顔を見合わせた。アスカは依然、コタツでぬくぬくしている。

 待ち構えるシイナたちの前に、扉の開音が響き渡った。

「──ごきげんよう!」

 歌劇団もかくや、という勢いで高らかに教室へ侵入してきたのは、月小路ワルツであった。

「……ごきげんよう」

 各々、メンバーが同じ返事をする。シイナは困惑気味に。レンリは投げやりに。アスカはおざなりに。

 本日、軽音楽部バンドメンバーの集合時刻は十六時ちょうど。現在時計は十六時半を指し示している。約三十分の遅刻であるが、ワルツは特に悪びれる様子もなく、またシイナ•レンリ•アスカも慣れたもので咎める声は上がらなかった。ワルツが遅刻することなど今に始まったことではない。

 それに今問題なのは、ワルツの遅刻よりもっと別にあるのだから。

「ワルツ先輩、あれ見て」

「うん?」

 シイナが、来たときレンリにされたようにコタツを指差した。ワルツはさして驚きもせず、「コタツがどうしたんだい」と返事をしてきた。

「どうしたって……大問題っしょ」

「まぁまぁ、今日はこんなに寒いじゃないか。コタツに入ってあたたまろう。具合はどうだい、アスカ」

「あたたかい」

「それは良かった」

 あまつさえワルツもアスカと同じようにコタツ布団へ足を入れる始末。シイナは「順応能力が高すぎる……」と呻いた。

 コタツで寛ぎ出すワルツが二人を仰ぐ。

「シイナとレンリもおいで」

「得体が知れないから、イヤ」

「オレも拒否で……」

「安心するといい、これはワタシが持ってきた物だからね」

「……ん?」

 空気が一瞬固まった。

 シイナとレンリは眉をひそめ、流石のアスカも上体を起こした。三人分の視線が一所に集まる。

「待…………?ワルツ先輩いま何て……」

「どうしたんだい、三人とも」

 三人の耳がよほどおかしくなっていなければ、ワルツは今こう言った。『ワタシが持ってきた物』と。

「ワルツ先輩が持ってきたの?」

「そうだよ、レンリ」

「先輩が何を持ってきたって?」

「コタツをだよ、シイナ」

「何故」

「だってアスカ、今日は寒いじゃないか」

 至極簡潔な問答で、コタツ事件の真相は白日の下に晒された。

 つまり犯人は生徒で、もっと言えば月小路ワルツその人で、理由は単純明快に──寒いから。

 レンリとアスカが『合ってたじゃん』というような目で見てくるものだから、シイナは逃げるようにコタツへと足を踏み入れる他なかった。




「……ところでワルツ先輩、どうやってコタツ運んだの?」

「うふふ、ナイショだよ」

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