HA-冬支度

「くしゅっ!」

 隣の美人さんが洟をすすって手を擦り合わせた。

 無理もない、天気予報では寒波が停滞中で季節が急加速している。良いご身分だ。おかげで街行く人々はコートを翻し、俺も今朝慌てて引っ張り出してきたマフラーに顔を埋めた。さて、では何故こんな寒い日に出かけているのか、というと。


「冬物を買いに行きましょう」

 彼女の一声に他ならない。

 俺は今朝から休日で、彼女も土曜日なので休み。寒さで目が覚めた俺たちは暖房でぬくぬくのリビングにいた。

「……こんな寒い日に?」

 無駄な抵抗と分かりつつも宣ってみた。美人さんもひるんだが、「寒いからですよ」と切り返す。

「これからもっと寒くなりますし、ね。行きましょうよ」

「えー……。美人さんってばそんなに俺と行きたいの?」

「はいはい行きたいです。ほら、立ってお兄さん」

「雑」

 一人で行ってくれば、と跳ね除けることも可能だった──ということに気付いたのは、出かける直前になってからだった。南無。


     ***


 そんなわけで、連れ立って冬支度を完成させるお出かけだ。全く、移動が店内で済めばいいのに、近場のショッピングモールの服飾関連は外に店舗を展開しているから、おかげで移動のたびに凍えるはめになる。

「お兄さん、お兄さん。このセーターすごく柔らかいですよ」

 軽やかなジャズが流れる店内で、去年のニット類がへたってきたと嘆いていた彼女は、青いセーターに吸い寄せられている。促されるまま布地をつまんでみたが、うむ。柔らかい。

「いーんじゃない。肌触り良さそう」

「お兄さんも買いましょう」

「何。俺とお揃いが良いって?美人さんってば大胆」

「こんな大量生産品で何言ってるんですか」

 寒風に引けをとらぬ冷ややかな視線に肩をすくめる。ご機嫌取りの変わりに、ふたつ隣のテラコッタカラーのセーターを取り出し「こっちも綺麗な色してるよ」と広げて見せる。

「本当ですね」

「試着して来たら」

「お兄さんも着てみてくださいよ。サイズいくつにします?」

「XL」

 互いにセーターを渡しあって、奥のフィッティングルームへ足を向ける。

 触った通り着心地が良い。姿見で確認するがサイズもちょうど良さそうだ。

 カーテンを開くと、隣のカーテンもすぐに開き彼女が顔を出した。ルームから一歩出て「どうですか?」と尋ねる。

「よくお似合いで」

「ありがとうございます。お兄さんも素敵ですよ」

「そりゃどうも。もっと言っていいよ」

「お兄さんカッコイイー」

「従順。今日の晩ごはん大盛り頼んでいいよ」

「そんなにいりませんよ」

 口端に笑みを滲ませて彼女がカーテンの向こうに引っ込んだ。俺も引っ込んで脱ぎ、元の服に着替える。どうやら相当気に入ったようなので、セーター二着はお買い上げ決定だ。



(にしても……)

 ──ショッピングモールで買い物なんて久々だ。普段仕事が忙しいのもあるが、いつも通販で適当に買い物を済ませてしまう。寒いから服を買おうなんて発想も、自分からは出にくい。

 少々ハメをはずしすぎたが、たっぷり冬支度を買い込んで、車に荷物を積み込む。案内板の前で二人そろって覗き込んだ。

「晩ごはん、どこ入ろうか」

「パスタの気分です」

「俺は肉の気分。……洋食屋だな、ここにしよう」

 ──さぁ、あとは腹を満たしてあたたまろう。

 ぱちりと瞬いた。俺の足が止まった拍子に彼女が振り返る。「お兄さん?」

 ……嗚呼そうだ。身体をあたためよう、なんて。こんなことを考えるのも、やっぱり君が来てからだな。

「……いや?何でもないよ」

 訝しむつつじの背をぽんと押して、先を促した。──敵わないね、ホント。






 入った洋食屋では彼女はちゃっかり大盛りを頼んで、きっちり平らげた。……イイ性格している。誰に似たんだか。

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