処女偽装

上津英

第1話 母と娘

 私の娘シンシアは、親孝行で優しくそれはもう美人だ。

 フランスの片田舎にある貧しい村だから飢死者が多かったけど、私はシンシアのお陰で常に食べ物があった。シンシアに貢ぐ馬鹿な男がとにかく多かったから。

 シンシアには同じ村に恋人が居るんだけどね。美人で優しいから当然だけど。

 でもシンシアに恋人が居るってなったら、食べ物を貢いで貰えなくなるだろ? だから「恋人が居る事は誰にも話さないでおくれ」と秘密にさせていたんだ。

 シンシアも恋人も優しい子だから、困り眉だけど黙っている事を了承してくれたよ。お前は本当親孝行だねえ。




 不作が続く中、ある日領主様の遣いと言う者が家に来た。

 領主様は、領で一番の美人と噂のシンシアに花嫁になって欲しいと言う。

 私は興奮したね。何てこと! 今よりずっと良い暮らしが出来るじゃない! って。

 処女じゃなかったら破談、と領主様は条件を出してきたけど、私は構わずその話を受けた。


「えっお母様……」

「あんたは黙ってな」


 一緒に話を聞いていたシンシアは不安そうだった。

 分かってるよ。シンシアは処女じゃないから、心配なんだろう? でも大丈夫、母はイスラムの行商人から処女偽装する方法を聞いた事があるから。

 これで村が裕福になると泣いている村長の横、館へ帰って行く遣いを見送った。




 イスラムの行商人は昔、こう言ってたわ。

 初夜前日、ヒルに膣を吸わせる。そうすると行為中にかさぶたが剥がれて出血し処女偽装出来るのだと。イスラムでは、そうやって誤魔化す女の子が多いのだって。

 だから私は縁談があった数日後、村はずれにある沼地に居たの。シンシアも誘ったけれど、頭が痛いと断られてしまった。嫁入り前の大切な体だものね、私はそれ以上誘わなかったよ。


「さてとヒルを用意しないとね」


 ヒルを探すべく沼に近付いた──その時。


「死ねっ!!」


 グサリッ! と突然背後からナイフで腹を刺されたのだ。


「きゃあああ!!」


 痛い!

 突然の激痛に、あっという間にそれしか考えられなくなって膝から崩れ落ちる。

 何? 何なの!?


「っあ、なたは……!?」


 吐血しながら私は自分を刺した人間を見上げる。そこには、息を荒くした村長が立っていた。

 どうして村長が!?

 意味が分からず呆然と倒れている私に、鼻息荒い村長は続ける。


「よっよくも領主様を騙そうとしやがったな! シンシアが全て白状してくれたんだ! 既に男が居る事、処女じゃない事をな。はっよくもまあ娘に今まで詐欺師の真似事をさせられたもんだ。誰にも話さないでおくれ、って口止めまでしてたんだって? でも残念だったな。今回はそのシンシアが村を守る為に白状したんだから! お前はやり過ぎたんだよっ!」


 村長が何を言ってるか分からなかった。

 シンシアが私より村を取った? 頭が痛いと言うのは嘘だったの?

 ……信じられないし、信じたくないけれど。でもこの痛みが、今は何よりも重かった。


「このまま領主様のとこにシンシアを行かせたら、きっといずれ村人全員が領主様を騙した罪で焼かれちまう。村長としてそれは困るんだよ。そうさせない為にあんたには死んで欲しいんだ。これはあんた1人で企んだ事で、処女偽装をしようとした罪人はこちらで処罰したから許して欲しい、って領主様に報告する為にな! シンシアは、あんたに協力するのはもううんざりなんだとよ」


 地面に広がる私の血は留まるところを知らなかった。ガクガク、と歯が鳴ったのは体がどんどん冷えていく自分が怖くなったからじゃない。

 あんなに私の言う事を聞いていたシンシアが、私を裏切った事が信じられなかったのだ。自然と涙が出た。

 私の涙に何を思ったのか、村長はふっと笑った。


「なぁに心配するなって。領主様はシンシアに見舞金を出してくれるだろうし、領主様の花嫁候補になったシンシアを見に来る人も増える。そうして村が潤ったら、餓死者はもう出なくなるだろうからさ。それにシンシアも晴れて恋人と結婚出来て幸せさ」


 どんどん遠くなっていく声を聞きながら、私はシンシアの困った顔を思い出していた。そうか……あの時からきっともう、娘は私に呆れていたんだ。でもお前は親孝行だから今まで何も言わなかったんだね。

 やがて目が見えなくなり息も出来なくなる中、ただただ後悔していた。


『恋人が居る事は誰にも話さないでおくれ』


 事の発端となったこの短い言葉を、口にするもんじゃなかったと。

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