第二十五話 『特急呪物K・H・S』です その4

「工場長!」

「もうダメだ。だから……祈らせてくれ」


(やめて! 他人の人生を賭けた復旧作業なんて聞いたことないぞ!)


「四条……お前だけが頼りなの……」


 急にしおらしくなった莉子をチラリと見てしまう。


(卑怯よ! あざといポーズじゃない本気の心配)


 すぐさまマニュアルを高速で捲るフリをして心を落ち着かせる。溜息一つ吐いてから詰問再開。


「で、いつもは?」

「えっ……翌朝に西宮さんに報告すると、『あぁ、いつものね』って感じでここに座って何かしてた」


 マニュアルをパラパラめくると『障害対応』の章があった。


「この処理の名前は? 那岐さんがやった処理の名前」

「えっ? あの――」

「――『デイリー受信処理』です」


 竜星がすかさず答えてくれた。数ページ捲るとすぐに記載が見つかった。


(マニュアルをこんなに丁寧に用意してくれている)


 長編小説のクライマックスを迎えたように感動が押し寄せてくる。ふと周りの声が耳に入ってきた。


「しかし……西宮さんも最後にやらかしてくれたよな」

「あぁ。責任とってから辞めてほしいよね」


 口々に前担当者この場に居ない者に責任を転嫁する。そして、それは正しい。辞めるってことは、その位は覚悟の上だ。


「今、西宮さんの悪口言ったって仕方ないじゃない! いつも頼るだけ頼って――」

「――西宮さんは責任取って後片付けしてるぜ」

「四条……」


 そうだ。彼は自らのノウハウをマニュアルという形で継承している。


「文句を言える者はマニュアルを全部読み込んだ者だけです」


 管理者権限でログインするためパスワードを入力する。


「パスワードが合ってる。それだけで七十点だ」


 プロセスを見るとゾンビになったFTPファイル転送が見つかった。日付は一昨日だった。


「対処が記載されてる。八十点」


 プロセスを確認。別ウインドウを開いてログを表示。さらに別のウインドウを開いてコマンド入力準備。

 一気に準備してから周りを振り返る。


「さぁ、皆も祈りなさい」

「はぁ?」


 莉子が真面目にやれと言わんばかり。


「これでダメなら処理を順に追って解析するか、入力ファイルを手動で入れるのを検討しないといけなくなる」


 皆の動きが止まる。


「そうなったら?」

「半日コース。重大トラブルの宣言が次の仕事」

「ひぃっ……」


 工場長の小さな悲鳴が聴こえた。慌てて祈りのポーズをする莉子。それに釣られて皆が同じように祈り始めた。

 それを確認してからエンターキーをターンと押す。


(ゾンビプロセスをキルナイン!)


 その瞬間にフリーズしたコンソールに文字が流れ始めた。次の処理が動き出したらしい。


「あっ、いつもの黒い画面!」


 今度はプリンターに注目が集まる。データ転送ランプが点滅していた。


「来た!」


 莉子の叫びと共にカンバンの印刷始まった。


「やったーーー!」


 ほどほどの歓声と歓喜の拍手。工場長は両手を床に崩れ落ちた。


「正直……クビ覚悟でした。本当に良かった」

「工場長!」

「工場長、これからもついていきます!」


 テンションがおかしくなってきた。でも、こんな場面は何回経験しても嬉しいものだ。したり顔でニヤニヤが止まらん


「ははは、こんなことが起きないようになってりゃ百点だったな」


 決め台詞を呟いたところで莉子に自慢げな視線を向けると、両手を胸にウルウルしていた。


「ありがとっ!」


 タックルのような速度のハグ。完全に回避不可能だ。


「わぁ!」


 体温の高い柔らかな肢体の感触を存分に感じる。しかし両手の落ち着き先が全く分からない。空中でワキワキさせるだけだ。


「あっ、ゴメン」


 さっと離れると、工場長に振り向き起き上がらせている。美人はハグくらいどうということはないらしい。


「四条、ありがと」


 クルリと振り向くと、莉子は挙動不審の俺に向かって一言だけ礼を言ってくれた。


(冷静よね。本当に冷静よね! 氷の美女ってところか? えぇっ? こっちは不整脈が出るレベルでドキドキだってのに……)


 ションボリ悄気ながら後片付けを開始する。


「ふぅ、また同じことが起きたら連絡――」

「――先輩! 対応方法を教えてください!」


 ここでいつの間にか戻ってきていた桑原が大声を出しながら深々と礼をしていた。


(まぁ、深夜に電話があるよりマシか……)


「分かった。基本的な操作とマニュアルのポイントだけレクチャーするよ」


◇◇◇


「みっちり二時間……」


 熱意のある若者だ。竜星も張り合って隣で聞いていたが、最後には同志のように仲良くなっていた。基本操作とマニュアルの読み方、今回と違ったことが起きた時の連絡先を伝えて帰ることにした。


「ランチ……終わっちゃった……」


 カバンを持って社用車に乗り込もうとすると、近くの木陰から人影が突然現れた。


「四条……」

「ひぃっ」


 悲鳴を上げて振り向くと、そこには莉子が立っていた。上目遣いにこちらを睨んでいる。


「ランチの埋め合わせ。奢るから一緒に乗せてけよ」


 少しの沈黙。


「四条」

「あっ、はい、どどうぞ……」


 何故に怒られる?

 若干渋々で乗せることに承知すると、無言で助手席に乗ってきた。


「よし、じゃあ飯食ったら送ってくよ」


 こちらも帰宅して良い時刻になってしまった。配送と障害対応で一日が潰れてしまった。


(まぁ有意義な一日と言えるかな)


 人の役に立つのは自己承認欲求が満たされる。そんな日の締めくくりに美人の友人と食事は控えめに言っても贅沢な話だ。


「ん。じゃあ……右折して」

「はい、喜んで〜」


 この方向だと天丼の旨い蕎麦屋だな、と想像を巡らしながらハンドルを切る。


「ん〜……ここ左折……」

「はい、喜ん……で?」


 脇道に入っていくと、オシャレな建物があった。門構えも立派だ。


「えっ、高そうな店だな……って!」


 入り口には『休憩四千円』などと看板が出ている。半分侵入しかけたところでブレーキを踏む。


「おいおい、ここって……ら、らラブホじゃねーの?」

「…………」


 勇気を出して助手席の方を見ると、俯いてじっとしている莉子。


「あはは、間違えたかなぁ……」


 消えそうな声でボソボソと呟いている。顔は真っ赤だ。


「あっ、そ、そそうだよね。あはは……」

「…………」


 沈黙が気不味い。耐えられなくなってバックで出ようと背後に視線を移した時、莉子が顔を上げてこちらに向いているのを感じた。またボソボソと声が聞こえてくる。


「ここ、ランチ美味しいらしいんだよね……」

「うぇっ?」


 ここで思わず莉子の方に顔を向けてしまう。いつものサバサバした感じは鳴りを顰め、真っ赤になって上目遣いでこちらを熱っぽく見つめている。

 息を呑むほどの美人、と今更ながらに気付かされる。


「えっと……」

「……試しに……入る? らいときゅん……」


 大学時代、何故か二人きりになると戯けてなのか『らいときゅん』と呼んでバカにされた。


(でも……何か……今は……ダメだ……何も考えられない……)


 ついさっきまで唯の異性の友達だった美人と至近距離で見つめ合う数秒。抱きつこうと決意したその時、スマホが勢いよく鳴り響いた。


「うひゃあ!」

「きゃあ!」


 二人して同時に狼狽えて互いにスマホをカバンから取り出す。


「か、会社? こんな時に――」


 どんな時だよ、と一人心の中でツッコミを入れると、そのまま通話を開始。通話を開始してから莉子の方を見て口元に人差し指を立てて無言を要請すると、大人しく首を縦に振ってくれた。

 ここで何となく莉子にはやましい電話ではないことを聞いて欲しかったのでスピーカーモードにする。


「はは、はい、しし四条ですよ〜」


 声が震えるが精一杯で平静を装う。


「――あ、もしもし、仕事は終わったか? 調達の大事な帳票の配送任務だ。終わったら結果報告しろよ!」

あおいか、ビックリさせるなよ……」


 葵の元気な声に莉子も安心したと思い横を見ると、何故かとびきり驚いている。目をひん剥いてピクリとも動かない。


「何をビックリすることがある?」

「いや、こちらも西工場でトラブルに巻き込まれたんだ。終わったから飯でも食って帰るところだよ」

「そうかそうか。それは重畳ちょうじょう。ご苦労様だな」

「偉そうな……」


 いつものあおいの声の調子に莉子も無言でホッとしている。


「いや、何、さっき西工場に電話したらもう帰ったと聞いたから、連絡してみただけだ。無事なら問題ない」


 ここで莉子が少しだけ不機嫌そうに『車を手前の空いている駐車スペースに停めろ』とジェスチャーしてきた。


「えっ、停め――」

「――ん、誰か隣にいるのか?」


 二人してビクッとして固まる。莉子のジェスチャーも意味不明なものに変わってきた。


「そうそう、莉子も同じタイミングで帰ったらしいな」


 無言でビクッとして動きを止める莉子。


「ははは、知っているか、我々五人、いや六人か。我々六人は盟約に従い位置情報アプリを共有している」


 莉子の方を向くと、スマホ片手にカタカタと音がするほど震え出していた。


「な、何故にそんなことを――」

「――決まっている。抜け駆け防止だ!」

「はぁ?」


 莉子は震えながら顔を赤くして俯いている。


「目的はニブチンのお前には教えてやらん。だから、いま、莉子がラブホにいることも分かって――」

「――葵ちゃ……」


 思わず叫んでしまう莉子。どう考えても時既に遅し、なのだが自分の両手で口を押さえている。


「ほほう……莉子、説明の機会を与えよう。我ら盟約、よもや忘れたとは言わせんぞ?」

「あの、あのね、葵ちゃん、違うのよ。ホントに違うの。ねぇ、違う――」

「――では何が違うか述べてみよ」

「…………」


 固まる莉子。


(そうだな。あの五人では臨機応変な対応は一番莉子が苦手だろう)


 何となく、五人……六人? には仲良しで居て欲しいので助け舟を出すことにした。


「葵、すまんな。隣のラーメン屋に行くつもりだったんだが、ナビの指示に従ったら変な場所に入ってしまっただけだ」

「……ほほう。四条、続けてみろ」


 高圧的な物言いに恐怖を感じながら言い訳を続けることにする。ちなみに莉子はいつの間にか両手を胸に祈りの体勢で身体をフラフラ左右に揺らしている。


「ここの駐車場を抜けると近いという指示だ。どうやら昔は通り抜けできたらしい」

「なるほど。まだ二人は車内に居るという設定か?」


 ギアをRに入れて社用車が後退を始めるとピーピーと音が車内にも響いた。


「事実だよ。莉子には恥ずかしい思いをさせてしまった」

「あはは、そうか。まだおっ始めてなかったか」

「ちょっ、葵――」


 莉子は不服そうに拳を振り上げているが、二十分電話が遅かったらどうなっていたんだろう、と考えると事故りそうだったので何も考えないことにした。


「では、そういうことにしといてやる。しかしまりん莉子りこの方が攻撃的というのが面白い。つむぎは弱すぎるから問題にならんがな。あはは」


(正直、いつも美人の考えることは分からん。話を打ち切ろう)


「葵、容疑は晴れたか? なら電話切るぞ」

「了解だ。任務ご苦労様。莉子、会議での報告楽しみにしてるぞ」

「うーっ、葵! 莉子は何も――」

「――切れたぞ」


 顔を真っ赤にして拳を振り上げている。このままだとスマホを叩き割られそうだ。そっとポケットに仕舞う。


「四条、忘れろ! 忘れろ!」

「痛い、痛い!」


 そのまま拳はこちらの身体を叩きのめすことに決めたらしい。ラーメン屋の駐車場に着くまで攻撃は止まらなかった。

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