第二十四話 『特急呪物K・H・S』です その3

「もう一回、最後に何したか、どうなったか教えてくれる?」


◇◇◇


 ここで全員が莉子の方を向いた。


「えっ、莉子じゃないよ! 那岐なぎちゃんだよ」


(そうだ。このヤンキー娘は自分のことを『莉子』と名前で呼ぶ)


 少しじっと見つめる。


「はっ! あ、アタシじゃない。那岐ちゃんなの!」


 それを可愛らし過ぎるからと直そうとしているが、焦ると名前を呼んでしまう。可愛いものだ。


「四条、セイッ!」

「ぐはっ……暴力反対……」


 的確に心臓を殴ってくるのはやめてほしい。


「那岐ちゃん、どこー?」

「あ、あの……なんでしょう……」


 一回りくらい年上の女性がおずおずと現れた。人混みで様子を伺ってる観衆の一人だったが、今思えば一人だけ表情が堅かった気がする。


「私……変なことしてないですよ」

「うん、那岐ちゃん、どうやったか説明してくれる?」


 桑原が座っていた椅子に座らせようとするが、どうしても座ろうとしない。


(そりゃそうだ。犯人に仕立て上げられると思うよな)


 莉子がそっと肩を抱くと、余計に慌て始めた。


「わ、私、何も変なことしてないですよ!」

「でも、西宮さんから引き継いだの那岐ちゃんだから、今日どう触ったか教えて――」

「――私、変なことしてません!」


 肉付きの良い身体や朗らかな顔立ちは本来の年齢より若見えさせている。首筋や手を見れば大凡四十代だろうとは想像できる。しかし、着飾れば三十代前半と言い張ることも不可能じゃなさそうだ。


「那岐さんですか。少しお話を――」

「――私、変なことしてないです!」


 本人からすれば被告人席に座らされそうになっているようなモノだ。興奮もするだろう。立ち上がると那岐の右手を包むようにそっと両手を重ねた。

 びっくり顔に対して柔和な表情を崩さない。そう、あたかも執事がエスコートする様に優雅な所作を崩してはいけない。


「貴女は何も悪いことはしていない。それだけは先に保証しておきますよ」

「えっ?」


 そうだ。例えこの女性の操作ミスだとしても、責任は教育・引継した元担当西宮だ。


「だから、少し話をさせてください。僕の横にお座りください」


 手を添えたまま椅子に座り直すと、無言のまま那岐も腰を下ろしてくれた。ここでニッコリと微笑む。


(因みに、俺には歳の離れた二人の従姉妹がいる。そう。若くして俺の性癖を歪めたのは彼女達だ)


 少年時代、徹頭徹尾に渡って『自分達好みのショタ』に育て上げられた。マナーが完璧な大人びた少年が好みだったらしい。

 そして高校生になる頃に手酷く捨てられた。


(その結果出来上がったのが『並のホストじゃ太刀打ち出来ない熟女ハンター』であり、『女性恐怖症の妄想おねショタ信者』なのだ!)


 通常モードだと挙動不審だが、一度ひとたびギャルソン執事モードになれば年上……今の年齢なら熟女限定になるが無双することは容易い。

 柔らかな視線を向けると、那岐の頬は紅を刺した様にほんのり赤く染まった。ここで優しく声をかける。


「セクハラで訴えないでくださいね」

「……二人の子持ちだけど……良いかい?」

「いえ、良くないです」

「……」


 少しの沈黙。徐々に二人の表情が破顔する。


「あははは」

「あはは、アンタ、悪い男だねぇ」

「いえいえ、那岐さんも若い時はブイブイ言わせてたんじゃないですか?」

「表現古いねー……あはは」

「し、四条! 真面目にやれ!」


 和やかに笑い合っていると、那岐の隣にしゃがみ込んだ莉子が不機嫌そうに睨んできた。


(他の女性と楽しく話してるのが気に入らないのか? 全く、美人は自分中心じゃないと腹立たしいらしい……)


「大丈夫だ。俺は自らがショタじゃ無くなった時点で、ただのマシーンになったのだから」

「はぁ? いいから早くしろ! 那岐ちゃんもいつまでも手、握ってないで!」


 ここで那岐が少し恥ずかしそうに手を引き抜くと、握られたところを愛おしそうに摩っている。


「ゴメンね、莉子ちゃん。取っちゃったかね?」

「と、とと取る? そんなんじゃねーよ! 四条、で、どうすんだい?」


(場も落ち着いた)


「――さて、It's My Buisinessといこう」


 思いっきりカッコつけて莉子に微笑みかける。前歯がキラリと光るレベルの微笑み。その瞬間、伸びのあるジャブが飛んできた。ギリギリ躱すことに成功。


「こ、こら、今のは直撃コースだったぞ!」

「……全く……らいときゅんは……ホントに……」


 俯いてボソボソ呟く莉子。


(無視だ無視! モデル体型暴れ女め!)


「んほんっ、那岐さん、今日はどんな操作をしましたか? マニュアル見ながらな何ページの作業でしょう?」


 咳払いしてから真面目にヒアリング。今は障害対応中。ここで絶対に原因や対策の話をしてはダメだ。対応を正しく最後までやり切ってから考えれば良い。


「えっと、七ページ目かな。カンバン印刷前の受信って作業だよ」

「七ページっと……」


 マニュアル片手にやってるなら、まずは合格点だ。西宮さん、あなたの教育はバッチリですよ、と会ったことのない同士を褒め称える。

 マニュアルの受信作業のが記載された箇所を指差す。


「ここですか?」

「そうそう。そこで『受信』を選択してエンターキーを押しただけだよ」

「はい。合ってますね。ありがとうございます」


 少しホッと息を吐く那岐。緊張が少し解けたようにも見える。


「それからどうなったんですか?」

「こっからは、うんともすんとも言わなくなっちゃったよ。十分ほどしても何も出てこないから莉子ちゃんを呼んできたのさ」

「素晴らしい。パーフェクトです」


 無駄なことや無茶なことをしていない。正しく『止める、呼ぶ、待つ』の実践だ。ここで初めてサーバーの画面を確認してみる。コンソールが画面いっぱいに最大化されている。


「ターミナルがフリーズしてるんですね……ふーん」

「こうなっちゃうと何も出来ないんだよね……まぁ今までは西宮さんを呼ぶだけだったんだけど……」


 故に何もせずに放っておいてくれたんだろう。

 徐に最大化を解除してみると、ターミナルは小さなウインドウに戻ってくれた。


「わぁ、消しちゃったのかい?」

「四条! 大丈夫――」


 少しの悲鳴と共にザワッとした空気を感じる。無視してキーボードのホームポジションに両手を合わせる。


「――少し集中させて」

「あっ、はい……」


 黙らせてからキー入力開始。


「まずプロセス確認。えっと……固まったFTP転送処理のプロセス発見。これかなぁ……」


 ターミナルを複数開く。一つはログを流しておく。もう一つはプロセスを確認。もう一つで件のシェルを開く。


バッシュBシェルかな……うわーん、Cシェルだぁ。うへへ、たまらん……」


 思いの外に複雑な処理で対応甲斐がある。


「四条、バスケの話なんて――」

「――莉子、集中させろよ」

「あっ、はい……」


 プルプル震えるのを感じる。目が合ったら多分殴られるんだろう。

 気にせずスマホを取り出して連絡先から番号を探す。


「あった。よっと……」


 呼び出し音が数回鳴ると、若い女の声で電話に出てくれた。スピーカーモードにして机の上に置く。


「――はい、経理部です」

まりん? オレオレ。分かる?」


 思わずスマホのマイクと思われる場所に顔を向けて少し大きめに喋ってしまう。


「はい、詐欺は切りますねー」

「わぁ、待て待て、緊急事態!」

「何よ! 忙しいんだからね」


 賑やかなやりとりに呆然とする観客達。


「えっ? まりんって……経理部?」


 莉子の問いかけに無視して海と通話を続ける。


「そっちのシステムに異常出てる? サーバが落ちたとか」

「物騒な! そんなに障害なんて……って、莉子?」

「まりーん、お久しぶり〜」

「えー、二人で何してんのよ?」

「仕事だって。四条が西工場に来ただけよ」

「あっ、そうなんだー。あんまり殴っちゃダメよー」

「今日は一回も殴ってねーよ!」


 軽やかに嘘をつく美人を横目に本題を開始する。


「海、発送システムのログが見たい。分かるか?」

「えっ、西宮さんと同じこと言うのね。えっと……見れるよ!」


 キーボードの辿々しい音がスピーカー越しに聞こえてくる。


(今のうちにシェルの確認とデータ保存場所の確認っと……あっ、クーロンタスクの確認忘れてた)


 キーボードを高速に打ち始める。ブラインドタッチは某世紀末覇王の出てくるキー入力練習ゲームで訓練済みだ。


「えーっと、四条、ちょっと待ってね」

「へいへい。早く頼むよ〜」

「待ってって!」


 横柄な言葉で焦らせながら高速タイピングで確認しまくる。


(パス発見。ファイル未受信を確認。クーロンはオッケー。次の処理まで二十分はある)


「あっ、見つけた。今日の送信はまだしてなさそうよ」

「今日の日付で変なログある? ログインだけとかエラーとか」

「何にもない。何もないよ」


(無いだと? セッションが張られてない?)


 少し考え直す。ふと一つの可能性に気づく。それを確認するためにキーを打ちまくる。調子が出てくると、そりゃあエンターキーを押す音も大きくなる。


「莉子、昨日の夜間処理はどうだった? 普通に終わったか?」


 パッと振り向くと、何かモジモジしていた。


「……莉子のカラダを……あの指でまさぐられたら……はっ! 何だよ、キモイぞ、四条!」


 那岐さん越しにジャブが飛んできて思いっきり肩パンされる。


「痛い……」

「へへっ、痛いか? 私のジャブも――」

「――昨日の夜間処理! 変なこと無かったか?」


 こちらが『痛い』と口を開けば開くほどエスカレートする暴力。でも、今は付き合って戯れてる時間も惜しい。


「ランチ終わっちゃうだろ! や・か・ん、夜間処理! プロパー正社員の仕事だろ?」


 そうだ。いま取り囲んでいる人達の実に半数は夜間勤務者だ。昨日の二十二時から働きっぱなし。時々行動がおかしくなるのは疲労と寝不足のせいだろう。


「えっ、夜間処理……あっ、そういえば変だった。いつも消えるウインドウが消えずに残ってたから、竜星りゅうせいと一緒に強制終了したわ」

「莉子、先に言え!」


 そのままスマホに向けて少し大きめの声で話を再開する。


「海、昨日の夜のログを見てくれ。深夜二時くらいだと思う」

「――えーっ、ちょっと待ってよ……あった! 昨日の分……っと、あれ? ログが途中で止まってる……完了が出てないよ」


 ここで莉子を睨みつける。


「強制終了させたらいつもはどうしてた?」

「え、えー……に……西宮さんに報告……」

「今回は?」

「……いないし……」


 不安そうな莉子を放置してスマホに向かって声を出す。


「海、ありがとう。多分もう大丈夫。なにかあればまた掛けるよ」

「えっ、もう終わり――」


 すかさず通話を終わらせる。莉子に向き直して詰問開始。


「もう一回確認。いつもの流れはどんなんだった?」


 ターゲットが莉子に移ったことを全員が理解した。那岐から安堵の溜息が漏れる。逆に莉子は息を呑んだ。


「えっ……えっと……えー?」

「アネゴは変なことしてないです! フリーズしたんで強制終了しただけです。いつもやってます」


 ここで竜星が援護に入った。先輩想いのしっかり者だ。でも、そう言う問題じゃない。


「でも西宮さんが居ない」

「それは……」

「いつものパターンを教えてくれ。西宮さんはどうしてた?」


 莉子と竜星が顔を見合わせている。既に莉子は挙動不審になってしまっていた。ヤンキーの見た目なのに内面はビビリだから仕方ない。


(肝試しを大学生の時にやった時、一際悲鳴が大きかった。テンプレだがヤンキーが怖がりというのは王道だ)


 ニヤニヤ眺めていると、突然ジャブが飛んできた。


「四条、いらんこと考えてるだろ!」


(そう。勘は異常に鋭い。やはり野生児だ)


 少し後ろで誰かがしゃがみ込む気配を感じた。疲労で倒れたかと思い確認すると、工場長が跪いてお祈りを始めていた。

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